主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

…集中できない。

すぐ隣には息吹が座り、部屋中に転がした巻物を丸めると主さまに手渡し、身を寄せて、ついでに顔も寄せてきた。


「…少し離れろ」


「離れたら一緒に読めないでしょ?主さまっ、早く読んでっ」


無茶を言われながらも巻物を読み進めると…光源氏という若者が次々と女御や女房たちとの情事を重ねる物語で、主さまは顔をしかめながら口をへの字にした。


「ただのろくでなしの話じゃないか」


「違うよ、光源氏様は寂しいお心を満たすために、たった1人の運命の方を探し求める素敵なお話なの。もうっ主さまの馬鹿っ」


素晴らしさをわかってもらえずに今度は息吹が唇を尖らせると、主さまは慌ててまた巻物に目を落とした。


「これはどこまで続いてるんだ?」


「紫式部様っていう方がまだ続きを書いてるんだって。だから絶対最後まで見たいの!教えて下さった道長様にお礼しなきゃっ」


「…や、これは意外と面白いな。俺も読みたい」


息吹との時間を持ちたいがために嘘をついて巻物を引き寄せると、息吹が瞳を輝かせて膝に触れてきたので、その手の柔らかさに大混乱。


「ほんと?だったら一緒読も?主さまのお屋敷に持っていってもいい?」


「…いいぞ」


「じゃあ続きを読むのは我慢するっ。主さまっ、早く私が見たところまで見てっ」


――まだ道長から求婚はされていなかったらしく、いつも通りの息吹にほっとしながらも独占欲の激しい主さまはひとつに結んだ息吹の髪を軽く引っ張り、顔を上げさせた。


「主さま?」


「…お前は道長がここへ何をしに来たか知らないのか?」


「私に『源氏の物語』を持ってきて下さったのと、父様にお会いするためでしょ?」


…全くもって道長を意識しているわけではなく、逆に息吹の頬が少し赤くなったので、優越感を感じた主さまはぱっと手を離すと顔を背けた。


息吹と同じように赤い顔をしているからだ。


「な、なんか暑いねっ。障子開けるねっ」


裏庭側の障子を開けて風を通すとまた主さまの隣に座り、袖をくいっと引っ張って笑いかけた。


「今日は会えないと思ってたから会えて嬉しいっ」


…さらに真っ赤。