主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

主さまが気配を完全に絶って姿を消し、晴明の屋敷を訪れた時…

晴明は道長と共に縁側で雨を眺めながら酒を飲み交わしていた。


…道長が晴明のお気に入りであることは知っている。

だからといって息吹を道長の嫁に、というのは強引すぎる。


「…おや?空気が変わったな。どうしたことやら」


「む、俺も感じていたぞ。まさか妖が侵入してきたのか?!」


刀を掴んだ道長から刀を奪い取って脇に置いた晴明はどこ吹く風の表情で…一瞬主さまと目を合わせた。


「…」


「きっとうちの式神だろう。それよりもさあさあ飲め。で、話の続きを話せ」


「ああ。それでな…」


…2人の仲の良さに若干いらっとしながら主さまは息吹の部屋の前で立ち止まり、しんと静まり返った空気に首を傾げながら少しずつ少しずつ、襖を開けると…息吹が居た。


巻物を畳に転がし、息吹自身が移動しながら食い入るように巻物を読んでいる。


「面白い…!すっごく素敵…光源氏様…!」


「…光源氏?」


つい呟いてしまうと、集中していた息吹がぱっと顔を上げて…にこっと笑った。


「主さまだ。主さま、居るんでしょ?遊びに来てくれたの?」


…ばれてしまい、仕方なく術を解いて姿を現わすと、息吹の微笑がますます濃くなった。


「…何を読んでいるんだ?」


「これ?あのね、道長様が宮中で流行っているっていう『源氏の物語』の巻物を持って来てくださったの。光源氏様がすっごく素敵な方なの!」


物語の中の人物とは言え、絶賛してうっとりする息吹はまさに光源氏に恋をしていて、いらいらしっぱなしの主さまは傍らに腰を下ろすと巻物に目を落とした。


「恋模様か」


「うん。光源氏様が紫の上と出会ったところなの。すごく面白いんだよ、主さまも読んでみてっ」


わざわざ冒頭の部分まで引き返してきて主さまを待ち受ける息吹に対し、主さまは首を傾けながら問うた。


「俺が…それを読むのか?」


「うん、一緒読も。もう1度最初から読みたいし、主さまと一緒に読みたいな」


頬が熱くなるのを感じながら、主さまは無言で息吹の隣に腰を下ろした。