主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

明け方百鬼夜行を終えて帰ってきた主さまは、晴明の腕に抱かれて眠っている息吹の姿を見て一気に不機嫌になった。


「おい、それは俺の食べ物だぞ」


「久しぶりに会った最初の言葉がそれか?十六夜(いざよい)、久々だな」


――十六夜。

それが主さまの本当の名。


本当の名を明かすのには特別な意味がある。

名を明かしてもいい、と思った人物に名を明かし、その人物はそれを受け取って、絆を結ぶ。

それ以外の人物が名を呼ぶと…ことと次第によっては殺されることもある。

真実の名とはそれほどに大切なもので、だからこそ妖たちは真実の名を明かさない。


――息吹はこの時本当に寝入っていて、主さまの真実の名を聞き逃していた。


「それをこっちに寄越せ。それは俺のものだ」


やけに息吹に執着しているので、晴明はわざと主さまに息吹を渡さず逆に抱きしめて背中を撫でてやり、また主さまの機嫌が悪化した。


「最近そなたがとある絵を持っているらしいという噂を耳にしたぞ」


「…どこでそれを知った?」


「さあ、どこだかは忘れたがどこでもいいではないか。友の私にも見せられぬ代物なのか?」


いらいらしながら煙管を噛み、眠っている息吹を恨みがましく見つめながら懐から例の絵を取り出して晴明に手渡す。


「ほう、美しいな。妖なのか?」


「この絵ではこの女の美しさは半分ほどしか出せていない。…妖ではない」


「だとすれば人間なのか?そなた…人間に懸想を?」


主さまの顔が少し赤くなり、腕を伸ばして無理矢理息吹を晴明から攫うと膝枕をして寝かせた。


「…懸想じゃない。美しい女だったから…絵に描かせただけだ。…文句あるのか?」


「いや、別に?そなたにしては珍しいことだと思っただけだよ」


そして2人が息吹に視線を落とす。


「食うつもりか。自ら育てたものを食えるのか?」


「…食うとも。俺の血肉となり、俺の糧となる。…お前には分けてやらないからな」


「だが美しい娘になりそうだ」


「…」


否定はしなかった。


あの絵は、成長した息吹の姿なのだから。