主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹が返事をせずにずっと黙ったままなので、主さまは質問を変えた。


「…もうここはいやですか。幽玄町は嫌いですか」


すぐさまさっと貝が『否』の上に来たのでほっとすると、これ以上息吹を追いつめないように主さまは紙を畳み、巾着袋に入れた。


「主さま…」


「何も言うな。それさえわかったらそれでいい」


…互いにもやもやしている顔をしていた。


いつもなら何とも思わない沈黙に息が詰まり、腰を上げようとした時――


息吹が急に立ち上がり、少し開いた襖を閉めるとまた目の前に座ってじっと見つめてきた。


――衝動的に女を抱くことはあったが、“全て”を欲したのは息吹だけ。


何か言いたげな顔をしていたが言葉にならないのか、ただじっと見つめてくる息吹は可憐で、主さまは息吹の唇ばかりを見つめ、親指で触れた。


「…私…ここが好きだよ」


「…ああ」


「でもずっと住むとなると私のいやなとこも見ると思うの。私…主さまには嫌われたくないから…」


「嫌わない。むしろお前が俺を嫌うんじゃないか?」


「どうして?主さまはとってもいい妖だよ。みんなをまとめて、みんなに慕われて…妖に食べられてもおかしくなかった私を拾って育ててくれたんだから」


「だったらここに住めばいいじゃなか。…それはいやなのか?」


欲する想いが強い故に息吹に強く迫ってしまい、意識せずに握ってしまっていた息吹の右腕が赤くなって痛そうに顔をしかめたので慌てて手を離して謝った。


「…すまない」


「ううん。ね、主さま抱っこして」


「…はあ?」


子供の時のように膝に上り込んできた息吹の身体はぐにゃぐにゃで、今度は息吹から唇をじっと見られている気がした。


自制心がうまく働かない主さまは潤んだ瞳で見上げて来る息吹の誘惑に負けて1度小さく唇を重ねると、その後はなし崩しに貪るようにして唇を侵食し、息吹の黒髪に指を潜らせた。


「…お前の唇をこうして奪うかもしれない男の名を言え」


「や、だ…言わない…」


「俺の食い物であることを忘れるな。お前はまだ…俺のものだ」


まだ。

まだまだ、俺だけのもの。