主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹は床から抜け出すと隣の部屋の雪男に気付かれないようにそっと屋敷を抜け出して…裸足のまま幽玄橋を目指して歩き出した。


…人は夜に通りを歩かない。

百鬼夜行と出会ってしまえば命を落とす、と信じられているからだ。


「主しゃまの馬鹿…。なんであんな絵を見せたの?ひどいよ…」


べそをかきながら一本道を歩き、幽玄橋の前でいつもと変わらず赤鬼と青鬼が立っているのが見えて、走り出す。


「赤ー、青ー!」


「おお、息吹じゃないか!どうして1人で歩いてる?」


赤鬼が駆け寄ってきて抱っこしてもらうと、泣いている息吹に驚いて、鋭い爪を引っ込めながら頬にちょんと触れた。


「どうした?主さまと喧嘩でもしたか?」


「うん…あのね…」


事情を話そうと口を開いた時――



「そこを通してもらえるかい?」



息吹を抱っこした赤鬼と、金棒を持って警戒にあたる青鬼が…平安町に通じる方を振り返った。


そこには、白黒の狩衣姿に烏帽子姿の若い男が立っていた。

まだ二十代前半というところか。綺麗に整った少しきつめの美貌と落ち着いた雰囲気で、どこか主さまに似ているような気がした。


「赤…あの人…だあれ?」


「あの男は安部晴明という陰陽師なんだが…実は、半妖なのだ」


安部晴明。

秀でた知識と力を持ち、式を操っては時には妖を懲らしめたりして朝廷から絶大な信頼を得ている男だ。


母は妖狐。

人ではない、と噂されることも多いが、本人はそれを否定したこともなく、いつも妖しい笑みを浮かべて退けてきた。


「おんみょーじ?」


「その娘が主さまが育てているという子か。…おや?この子は…」


赤鬼と青鬼が止めることもなく抱っこされた息吹の前に立つと、顎に手をあてて瞳を覗き込んできた。


「?」


「ふむふむ、なるほど。この娘は美人になる」


優しく笑いながら人差し指で涙を拭ってきて、赤鬼が息吹を晴明に抱っこさせると、主さまの屋敷目指して歩き出した。


「用があったんじゃないのか?」


青鬼から声をかけられたが…答えられなかった。


“平安町に行きたい”とは、言えなかった。