その日の夜、息吹はいつものように主さまを見送ろうとしていた。


「主しゃま、行ってらっしゃーい」


「…それだけか?」


「え?」


きょとんとした顔で見上げて来る息吹の小さな手を握ると寝室へ連れ込み、今までひた隠しにしていた絵を息吹に見せた。


「綺麗ー。誰?」


「誰でもいいだろ。だが美人だろう?さあ、俺の秘密を教えてやったから、次はお前の秘密を教えろ」


――なかなかの俺様気質な主さまは勝手に秘密を披露して、息吹がひた隠しにしている秘密を暴こうとしてにじり寄る。


だが息吹は秘密よりもまず主さまが何故知らない女の絵を大切にしているのかが気になって、絵を取り上げようと腕を伸ばした。


「主しゃま、その人誰なの!?」


「…俺の大切な女だ」


――言った傍から猛烈に恥ずかしくなって、息吹から顔を背けて片手で口を覆う主さまは…息吹が今まで見たことのない主さまだった。


…途端に勉強しようという意欲が無くなり、掛け布団に包まると顔を隠す。


「息吹?」


「大切な女って…なに?」


「…俺の…妻になるかもしれん女、という意味だ」


「……ふうん…。主しゃま、行ってらっしゃい…」


ひらひらと手を振っては追い出そうとしているのが明白で、ちょっと腹が立った主さまは息吹と同じ髪紐の鈴を鳴らしながら腰を上げて、そのまま出て行った。


「……“つま”ってなあに…?私より…大切ってこと…?」


主さまを先頭に百鬼夜行が空を行って居なくなり、寝室から出て来ない息吹を心配して、雪男が立ち入り禁止の主さまの寝室の襖をそっと開けた。


「雪ちゃん…今日はお勉強…やめとくね。眠たいし…」


「そっか?じゃあ俺、隣の部屋に居るから」


「ありがとー」


――それから布団を被ったまま悶々と考える。


主さまはずっと傍に居てくれたのだが、自分よりもずっと主さまの傍に居る女の人が居たのだろうか?


その可能性は全く無いはずだったのに、まだ子供の息吹は主さまを独占したくて唇を噛み締める。



…それは“恋”という感情。


幼い息吹はまだそれに気が付いていない。