主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

茫洋とした瞳で手鏡の中を覗き込んだままの息吹の肩を背後から抱き、鬼八は終始息吹の耳に吹き込み続ける。


「鵜目姫…息吹姫の中に居るんだろう?俺と会うためにあなたは転生してきてくれたんだろう?さあ、出てきて」


「きは、ち、様…」


息吹の口から洩れた言葉に鬼八の表情が緩み、きつく抱きしめると息吹の頬をかすめるようにして口づけをした。


「あなたも俺と会いたいから息吹姫に過去を見せてくれたんだろう?鵜目姫…何故華月の血筋の者の傍で転生した?俺はそれが悲しい…」


“主さま”と呼ばれていた男は、風貌が華月に瓜二つだった。


ほとんど会話すら交わしていないが、息吹に執着するあの感じは…華月そのものだ。


そしてまた息吹も過去を見ている間、何度も主さまという男の名を呼んでいた。


「あなたは息吹姫じゃない。俺の…鵜目姫だ」


「鬼八、様…」


息吹と目が合い、ふわっと笑いかけてきた。


その笑顔はまさに鵜目姫のもので、息吹の意識を乗っ取った鵜目姫は鬼八の背中に腕を回すと大きく息を吐きながら、抱き着いた。



「鬼八様…私は転生してきました。ずっとこの娘の…息吹の中に…」


「ああ鵜目姫…!本当にあなたなんだね?やっぱりそうだった…!あなたが転生したのが俺にはわかったんだ。だから迎えに行ったんだよ」



――数千年を経て巡り合い、鬼八と鵜目姫がきつく抱擁を交わすと…


『違う!私は息吹だもん!』


強い抵抗の声。


それは息吹の身体の中から聴こえ、息吹を乗っ取った鵜目姫は胸を押さえて顔をしかめた。


「今度こそ、私は鬼八様と…」


『主さまに会わせて!私は息吹なんだから!鵜目姫さん、私から出て行って!』


「主、さま…?」


名を呟くと、その“主さま”という言葉はこの口によく馴染んでいるのか、鵜目姫は何度もその名を呟き、鬼八を苛立たせた。


「鵜目姫…それは華月の一族の者の尊称だ。俺とあなたを引き裂いた者の名なんだよ。だからやめてくれ。さあ鵜目姫…」


ゆっくりと畳に寝かされ、覆い被さって来る鬼八。


息吹が叫ぶ。


「主さま!」