主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

華月の手から天叢雲が落ち、素早くそれを拾ったのは…三毛入野命だった。


爪で肩を抉られた華月は動けず、憎悪をむき出しにした鬼八は暴走していた。


『お前が死ね!俺の鵜目姫に横恋慕など絶対に許さないからな!』


――三毛入野命は殺気溢れる鬼族同士の戦いに冷や汗が止まらない中、鬼から奪い合うことになった鵜目姫を哀れに思った。


…結ばれてはならない禁断の恋だ。

どちらの種族からも迫害され、住む場所を追われながら生きてゆかなければならない。

あんなたおやかで美しい姫がそんな逃亡劇をいつまで続けられるだろうか?

そう思うと、“助けなければ”と強く思った。


今はこの鬼八という鬼を倒さなければ。


『やあっ!』


魂をも吸い取られそうな天叢雲の吸引力に抗いながらも鬼八の左腕に向かって振り下ろすと、その異形の腕はいとも簡単に切り落とされた。


『うぁ…っ!』


『鬼八様!鬼八様!!』


家の中からは鬼八の名を呼ぶ鵜目姫の声が絶えず、華月は鬼八の爪の毒にやられて動けない。


『さあ鬼八…鵜目姫を解放してもらう。あの里へ鵜目姫を返すんだ』


『鵜目、姫…!』


――悔しさに声を震わせる鬼八の声が聴こえた鵜目姫は慟哭しながらほとんど使わない神の力を術を施された戸に向かって放った。


『今行きます…。鬼八様は私がお助けします!』


戸が吹っ飛び、息を荒げた鵜目姫が外に飛び出すと…


鬼八は両腕を切り落とされ、激しい出血に顔を真っ白にしながらもこちらを見た。



『鵜目姫…ごめん…。俺は…あなたを幸せにできないみたいだ…』


『そんなことありません!私が怪我を治します!あなたが居ないと私…!』



駆け寄ろうとした鵜目姫の前に三毛入野命が立ちはだかり、肩を押さえた。


『駄目だ、近寄らない方がいい。鵜目姫、あなたは里に戻りなさい。鬼八のことは早く忘れなさい』


鬼八の瞳からは止めどなく血の涙が溢れ、


一瞬だけ愛を重ねた鵜目姫に、いっときの別れを告げた。



「俺は必ずまた蘇る!俺は死なない!あなたとまた巡り合うまでは…死なない!』



その絶叫は、現実のものとなる。