主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

結界に僅かな綻びが生じたので、いやな予感がした鬼八が素早く洞窟へ戻ると…


鵜目姫の姿はどこにもなかった。


『鵜目姫…!?』


あれほど“外へ出ては行けない”と言ったのに…!

やはりそんな生活は無理だったのだろうか。

こんな暗い所に閉じこめていい女性ではなかったのだ。


『華月…!あいつしか居ない…!』


今まで沸々と身体の底からわき上がっていた華月への怒りが爆発し、洞窟内はその殺気で振動した。


唯一の理解者だったのに――


華月もまた力が強く、疎まれた存在だった。

兄弟といってもいいほどに親密で、肉親よりも近しい存在だったのに、この暴挙――


『あそこしかない。華月…!鵜目姫!』


洞窟を飛び出すと結界が弾け、空にはみるみる暗雲が垂れ込めて遠雷が聴こえた。

猛烈な勢いで空を駆け、華月の住む家の前に着くと…


そこには自分を見上げる三毛入野命とその部下たち、

そして、華月の姿――


『華月!』


『もう来たか。鬼八…決着をつけよう。お前の存在は目障りだ』


ずきんと胸が痛み、鵜目姫を攫われた悲しみと華月に裏切られた憎悪で鬼八の瞳からは血の涙が溢れ出した。


『許さない…!お前を許さないぞ!』


『俺だってもう我慢の限界に来ていた。お前のお守りはもう散々だ。鵜目姫は俺の妻にする!』


――華月が話す度に心が傷つき、鬼八の腕はみるみる爪が尖り、肌が硬化すると両の額からも小さな角が生えた。


そしてその右腕を振り下ろすと…

それだけで三毛入野命と華月以外の部下たちは血をまき散らしながら、血の海へと沈んだ。


『お前を信じていたのに!』


『勝手に思い込まれて迷惑だ。…来い』


天叢雲が鞘から解き放たれた。

一瞬空がどくんと蠢くと、いつの頃からか存在しているその刀からは不気味なほどの妖力が噴き出した。


『鬼八様!華月様!やめて下さい!』


家の中から鵜目姫の悲鳴のような叫び声がした。

恐らく華月の術で外に出れないようにしてあるのだろうが…その方がいい。


こんなに醜くて恐ろしい姿を見られたくはないから――


これでいい。