主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹に呼ばれた気がした。


それも…切実な声で。


「息吹…」


息吹が赤子の頃は大きくなったらいつか食ってやるつもりだったが…今はそんなつもりは毛頭ない。

これからもずっと傍に置いて…自分以外の男に嫁がせるなどとんでもない。

じゃじゃ馬で駄々っ子で時々とても驚かせることをやってのける息吹を、離さない。


『鵜目姫…』


――未だに鬼八と鵜目姫が居る洞窟の傍から離れることができない華月は結界の綻び目を捜して歩き回っていた。

だが結界は完璧で、鬼族の自分にも…そして神族の三毛入野命にも入り口を捜すことはできず、三毛入野命一行は一時撤退をした。


「華月よ、諦めろ。鵜目姫は今頃…」


主さまは華月の中でそう諭しながらも、


鵜目姫は息吹ではないのに…複雑な想いにかられて黙り込む。


今頃…鬼八に抱かれて真の夫婦になっているだろう。


鵜目姫は息吹の祖。

息吹ではないのに、まるで鬼八に奪われたような気分は否めず、華月のどろどろした感情は主さまを覆い尽くそうとしていた。


『あなたは鬼八の一面しか見ていない。鬼八は…恐ろしい男なんだ』


とにかく、鬼八から引き離す。

そして諭して言い寄って…夫婦になれたらどれだけ幸せだろうか。


一目見た時から心奪われた美しき鵜目姫――

あの洞窟の中で、今頃…


『殺すしかない。殺してやる…!』


華月の感情が理解できてしまうのが嫌だ。

このまま恐ろしいことになるのではないかと思うと、主さまは天叢雲に呼びかけた。


「天叢雲!何故俺にこんな光景を見せる!?やめろ!」


『そなたは今真実を目の当たりにしている。我が見た真実だ。そしてそなたは華月の祖。あの娘に惹かれる意味がわかったか?』


「…だからなんだ。過去は過去、今は今だ。華月が鵜目姫を手に入れることができなかったら俺が代わりに、とでも?」


『さて。先祖からの因縁やもしれぬなあ』


とぼけた声が頭上から降り注いでくる。


『もう終わる。黙って見ろ』


真実を。