主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹は鵜目姫の身体の中に居た。


…鬼八と目が合う度にどきどきする。


やわらかく優しく微笑む鬼八は、まるで主さまがそうしているように見えて、息吹も鵜目姫と同じようにどきどきしていた。


『鵜目姫、外は危ないから出ないでほしいんだ。約束してほしい』


『はい。華月様や三毛入野命様たちから見つからないようにすればいいんでしょう?』


『そうだよ。しばらくはこの付近をうろつくだろうから、それまでは駄目だからね』


2人で洞窟の入り口から切り立った眼下に広がる森を見つめると、確かに人が歩き回っている姿が見えた。


――やっぱり鬼八は伝え聞いているような悪鬼には見えないし、感じない。

むしろ穏やかで、手を引かれながら洞窟内の家へ戻ると山葡萄の実を口の中に放り込まれ、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。


『あなたは神で、俺は鬼。本来は結ばれてはならないんだ。鵜目姫…あなたはっ本当にそれを理解しているの?』


ずきん、と胸が痛んだ。

それは自分ではなくて鵜目姫が感じた胸の痛みだったけれど、息吹も同じように、きゅう、と胸が痛くなって俯いた。


『私はちゃんと覚悟をしてあなたについて来たのです。私の覚悟を…疑うのですか…?』


『!違うよ、俺は悪鬼だから…神のあなたと夫婦になれば何が起こるか…』


『何が起こったとしても私は動じません。あなたのように男らしくて頼れる子を生んで…あなたと幸せになるのが夢だったんです』


『鵜目姫…』


鬼八に肩を抱かれた鵜目姫がそっと身体を預けると、優しく優しく壊れ物を扱うかのようにして抱きしめてくれた。


そうされながらも息吹はこの時、主さまを想った。


主さまにこうされたい。


――ふいにそう思ってしまい、自分で動揺しながら首を振っても主さまのいつも怒っているようでつっけんどんな表情が浮かんでしまう。


「主さま…」


『鬼八様…』


赤子の自分を拾ってくれた主さま。

今頃捜してくれているだろうか?


食べられてもいい。

主さまにここに来てほしい。