主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

晴明は苦悶に歪む主さまの傍らにずっと座っていた。


「十六夜…取り込まれるなよ。今そなたが見ているもの、感じているものはすべてそなたのものではない記憶と感情だ」


主さまの身体は発火するかのように熱く、晴明は少しでも主さまの表情が和らぐように先程から雪男と交代で主さまの身体を冷やし続けていた。


「晴明…主さまは大丈夫なのか?息吹は…」


「息吹を傷つけることはあるまい。しかし我々に伝わっていた伝承は偽りだったようだな」


鬼八は悪鬼。

誰もがその伝承を信じていたが…


悪鬼であるならば、息吹がやすやすと懐いたりするわけがない。

夢の中に出て来た鬼八に同情したり、“助けてあげたい”と思うこともなかっただろう。


「時間が足らぬ…」


「晴明!鬼八の住処まで行ったのに洞窟が見つからねえ!どうなってる!?」


どやどやと妖たちが口々に叫びながら庭に集結し始めたので、雪男が唇に人差し指をあてると彼らを黙らせた。


「しー、今主さまは戦ってるんだ。少し黙れって」


「だけど息吹が…!」


「息吹は大切に扱われているだろう。それよりも主さまだ。このまま目覚めることがなければ百鬼は解散になるぞ」


「そんな…!主さま、刀の記憶なんかに取り込まれないでくれよ!」


「主さま!」


主さまを慕う百鬼たちは、主さまの手に握られた天叢雲を睨みつけて励ましの言葉を贈る。


――未だに不気味は妖気を発している天叢雲。

よく喋る刀だが、今は沈黙を貫いていて主さまに遥か彼方の記憶を見せているのだろう。


晴明は主さまの周囲に結界を張ると精神を集中させて妖気の爆発を抑え続けていた。


主さまを取り込んでしまえば、この刀はさらに妖気を溜めこみ、暴走してしまう。


そして主さまは代々の家系の中でも祖の“華月”という男に匹敵する力を持っているだろう。


長い間鬼八を封印するために存在し続ける主さまの一族――


そこに、息吹が加わる日が来るのだろうか。


「ふふ、息吹が十六夜の妻、か」


想像するとつい面白くなって、笑みが零れた。


「いじめ抜いてやる」


もちろん、主さまを。