主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

鬼八はその夜契りを交わすことなく鵜目姫を抱きしめて眠った。


…こうして夜を共にするのはこれがはじめてだ。

いつも人の目を盗んで逢瀬を重ねていたので、陽が暮れると後ろ髪を引かれる思いでここへと戻ってきた日々――


今はずっとずっと想っていた鵜目姫とこうして抱き合っていられる…。

それだけで無限の喜びを感じていた。


『鬼八様…明日からはどうなるのでしょう。華月様たちが追って来るのでは…』


『大丈夫。実はここへ戻って来る間に術をかけておいたんだ。華月はここを知っているけれど、わからないようにしてあるよ』


『そうですか…でもいずれ……いえ、いいんです。鬼八様…あったかい…』


胸に頬ずりをしてきた鵜目姫の額に口づけをして抱きしめると、ふんわりと良い香りがして…眠れなくなってしまった。


が、鵜目姫は安心しきった表情で寝息を立て始めてしまい、


鬼八はそれから朝になるまでずっと鵜目姫の寝顔を見続けた。


…とにかく華月が許せない。

親友だから…幼馴染だからと安心しきって最愛の人に会わせたというのに横恋慕をしようなど…笑止千万だ。


『お前が俺を殺す気なら…受けて立つ。鵜目姫は渡さない。絶対に…』


――明け方身体に回った鵜目姫の腕をそっと外すと鬼八は家を出て洞窟の出入り口へと立った。

朝日が眩しく、いつも通りの世界。


…だがあちこちからこちらの居場所を探ろうとして動き回る人間たちの姿が鬼八の目には見えていた。


『殺すぞ…本当に、殺してしまうぞ…』


元々人など好きではなかった。

戯れに下りた里に偶然鵜目姫が居て出会ったのがきっかけ。

鵜目姫と出会っていなければ…どんな人生を送っていただろうか?


『想像できないな…』


『鬼八様…?』


『!鵜目姫…おはよう、早いね』


隣に鬼八が居なかったので心細くなって姿を探し求めていた鵜目姫が目を擦りながら隣に立つと、朝日に負けぬ眩しい笑顔で笑いかけてきた。


『鬼八様はよく眠れましたか?』


『ふふ…眠れるわけないよ』


『え?』


それ以上言わずにやわらかな身体をぎゅっと抱きしめた。