山姫が息吹を抱っこして急いで地上へ駆け降りると、人気のない小川が流れる野原に着いて、辺りを警戒した。


「さあ息吹、行っておいで。母様の目の届く所でするんだよ」


「うん」


紙を手渡されて背の高い葦が群がる場所に移動するとしゃがみ、山姫は夜空を見上げた。


まだ長い列が行進していて、この分だと間に合いそうなのでほっとして小川に目を移した時――


「こんな所に女が居るぞ」


人気のない野原から人間の男の二人組がのそっと現れて、山姫はその辺の石ころでも見るかのように男たちを眺めた。


「おお、ものすごい美女だ!こんな所で迷子かい?」


「気安く声をかけるんじゃないよ。息吹、終わったかい?」


「うん、母しゃ…………誰?」


すっきりした息吹が姿を現すと、男たちは今度は息吹を値踏みして、下品な笑みを浮かべた。


「娘っこも別嬪になりそうだなあ。娘っこは売っ払って、お前は俺の女にしてやろう」


「冗談はおよし。私に触れるとあんたのを切ってやるよ」


山姫の目が赤銅色に光った。

これは人外の生き物だと悟った男たちが刀を抜いて向かってくる。


「母しゃま!」


「そこでじっとしてるんだよ!」


刀を持って山姫に向かって行く男たちの形相に凍り付いてしまった息吹が脚を振るわせてただ見つめていると、


羽交い絞めにしてこようとした男の腕を捩じって背後に回ると男の首を思いきり逆の方向に捩じった。


声もなく崩れ落ちた男を見た若い方の男が息吹を人質にしようとして方向転換をすると刀を振り上げて向かって行く。


「息吹!」


「は、母しゃま…っ」


走ってもたどり着けない距離。


首を竦めて目をぎゅっと閉じた息吹の名をまた叫んだ時――


「俺のものに触れるな」


「ひ、ひぃ…っ!」


息吹の前には細いが大きな背中。


見上げると、さっき自分が結んだ濃紺の髪紐が揺れていた。


「主しゃま…?」


「これだから連れて行きたくなかったんだ」


そう言いながらも問答無用で若い男を頭のてっぺんから股まで真っ二つに刀で切り裂く。


息吹は、気を失った。