“結界を張って来るから”


鬼八はそう言い残して家から出て行った。


――息吹はただただ手鏡の中の鵜目姫を見つめていた。


…このたおやかな姫が、自分の祖かもしれない。


三毛入野命が鬼八との愛を引き裂いたのか。

鵜目姫が何度も鬼八の名を呼んで離れたがらなかった姿が忘れられない。


「ねえ…本当に私は鵜目姫さんの生まれ変わりなの…?私…鵜目姫さんになっちゃうの…?」


手鏡の中の鵜目姫に問うと、鵜目姫が顔を上げてじっと息吹を見つめた。


…恋をしている瞳だ。

相手が誰だかはもうすでにわかっている。


――主さまと喧嘩別れをしてしまい、しかも主さまに怪我をさせてしまった息吹は胸が痛くなって小さな声で主さまの名を呟いた。


「十六夜さん…」


名を呼ぶと切なくなって、手鏡にぽとりと涙が落ちると、涙は手鏡の中に吸い込まれた。


『それがあなたの愛しい人の名?』


「え…」


驚いて目を見張っていると、手鏡の中の鵜目姫がゆらゆらと水面のように揺れて映し出されたのは…


「主さま!」


右肩に抉れたような傷を負い、床にうつ伏せに寝かされている主さま――


いつもの静かな表情ではなく苦悶に歪む表情を浮かべ、その傍らで晴明が祝詞のようなものを唱えている姿が映し出された。


「ひどい怪我…!父様、主さまをお願いします!父様!」


…こちらからの声は全く聞こえていないようだ。

必死に呼びかけても声は届かず聞こえず、また波紋のように主さまたちが揺れて、消えて行った。


『鬼八様を…鬼八様にお会いしたい…』


手鏡の中には再び鵜目姫が。


三毛入野命が鵜目姫に懸想して鬼八から奪い取ったのか?

そうだとしたら、どうして鵜目姫は三毛入野命の元へと嫁いだのか?


「鬼八さんのことが今でも好きなの?あなたは鏡から出て来れないの?私はどうすればいいの!?」


『鬼八様…鬼八様…』


ただ名を呼ぶだけで答えてくれない。


だんだん気持ちが同調して、息吹もまた鬼八に“会いたい”と思うようになってしまった。


「き、はち、さん…」


“息吹”から“鵜目姫”へ――