その血が誰のものなのか、息吹にはすぐにわかった。


「ひどい…主さまを傷つけたの!?」


「俺とあなたの仲をまた引き裂きに来たんだ!もう離れたくない!こうしてまた会えたのに…もう離れたくないんだ!」


妄執が鬼八を包み、ぎゅっと息吹を抱きしめると息吹は激しい抵抗を見せた。


「どうしてこんなことに…私は鵜目姫じゃないの!違うんだよ、鬼八さん!」


「よく見て。この家を、よく見て。…これに見覚えはない?」


――鬼八は息吹を抱き上げると部屋の隅にあった小さな化粧台の引き出しから小さな手鏡を取り出した。


もう曇っていて、今にも崩れ落ちそうなべっ甲の手鏡。


それを息吹に手渡すと、息吹の瞳が大きく見開いた。


「こ、れ…」


「見たことあるよね?あなたと里から逃げ出した時、唯一これだけは手放さずにあなたが大切にしていた鏡だよ。…思い出した?」


どくん。


身体の奥底が、脈打った。


『鬼八様…』


内側から、声が聴こえた。


「そんな…違う!私は息吹だもんっ」


「あなたは鵜目姫だよ。俺とまた会うために転生してきてくれたんだ。鵜目姫…待っていたよ。話をしてあげる。沢山、沢山…」


主さまとよく似た鬼八は本当に優しくて、内側からどんどん声が溢れてくる。


本当に私は鵜目姫の生まれ変わりなの?

だとしたら…私は人間じゃないの…?


――鵜目姫も、鬼八を退治した御毛沼命も、古代の神だ。


今までの間に人と交わり、その血は薄まっただろうが…


「ほら、見て」


曇っていた手鏡で顔を映した瞬間。


その鏡に映ったのは自分の顔ではなく、鬼八の身体に触れた時に見えた生前の鵜目姫の姿。


瞳から溢れそうなほどに涙を溜めて、口を動かしていて何かを訴えていた。


「鵜目姫、さん…?」


「ああ鵜目姫…!あなたはやっぱりそうなんだ…。もう絶対離さない。今度こそは俺と添い遂げよう」


「私は…鵜目姫と御毛沼命の子孫なの…?」


鬼八は息吹の頬にそっと触れた。


「その手鏡を持っていて。鵜目姫が全て教えてくれるから」


伝わっていた話は、全て嘘だ。