主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

今まで穏やかな笑みを浮かべていた鬼八の表情が一瞬禍々しく歪んだ。


数千年もの間封印され続けてきたのだ。

真実も知らず、また知ろうとも思わず、ずっと自分を封印し続けてきたのだ。


恨む想いは止まらない。

鵜目姫との仲を引き裂いた男を、許しはしない。


「…息吹姫…」


「ごめんなさい、私…」


「俺の方こそごめん。あなたはまだ鵜目姫じゃなかった。でも大丈夫、徐々に記憶は蘇ってくるから」


息吹が涙目で口を開きかけた時、鬼八の琴線に何かが触れた。

眉を上げた鬼八は息吹に勘付かれないように腰を上げると笑いかけた。


「少し外を歩いて来る。外は危ないからここに居て」


――小さな家を出るまではゆったりとした動作で。

家を出た後は足早に洞窟の出口に向かって急ぎ、空を蹴って駆け上がった。


「また俺と鵜目姫の中を引き裂きに来たのか!」


目前には八咫烏に乗った憎き男と、術士らしき男が乗っている。

両者ともこちらに目を遣ると大声を張り上げてきた。


「息吹を帰してもらう!どこに居る!」


「俺の邪魔をするな。俺は鬼族の祖だぞ。同族を裏切り、三毛入野命側についたお前たちを俺は許さない!」


ほぼ同じ顔と言っていい互いの美貌には激しい憎しみしか浮かんでいない。


ただ主さまの手には古代より生き続けている天叢雲が握られており、鬼八は口角を上げると唇をぺろりと舐めた。


「息吹姫の唇…相変らず甘かった」


「…!息吹に何をした!」


「鵜目姫と俺は想い合っていた。横やりを入れたのは三毛入野命。そしてお前の一族!殺してやる…。殺してやる!」


――鬼八は丸腰だからこちら側に分がある。


そう思った主さまが天叢雲を鞘から解き放った時、鬼八が空に向かって大きく吠えた。


…みるみる雷雲が沸いて来て、空には真っ黒な雲が垂れ込めた。


強風が吹き、目も満足に開けられなくなってしまうと晴明が空に向けて式神を放ち、そこから雷雲が弾け飛んでゆく。


「邪魔をするな!」


鬼八の右手が変化し始めた。


恐ろしく尖った爪に硬化した肌――鬼の手だ。

どんなものでも切り裂く、鬼八の手。