主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹が結界の外に出た瞬間、晴明と主さまがはっと顔を上げた。


「晴明!」


「来たか。あれほど結界から出てはならぬと言ったのに」


珍しく舌打ちをしながら縁側から庭に飛び出ると、唇に人差し指をあてて何かを呟き、言い放った。


「八咫烏!」


その間に主さまが天叢雲を掴み、封印している布を解くと早速減らず口を叩かれた。


『またあの娘っ子の為に我を使うつもりか』


「お前と鬼八は古代から存在した。鬼八だけは俺が必ず…」


代々鬼八を封印し続けている主さまの家系の宿命。

同じ鬼族でありながら傍若無人なる鬼八を鎮められず、止む無く封印することになったが…


『この前我を持ち出した時は結界を切るだけだったが今回は暴れさせてもらうぞ』


「ああ。俺は鬼八を殺す。必ず…」


『私情が感じられるがまあよい。ああ嬉しい。やっと暴れられる』


不気味な笑い声を漏らす天叢雲に引きずり込まれないように意識を強く保つと、空から八咫烏が舞い降りてきた。


「早く乗れ。八咫烏が導いてくれる」


「ああ。急げ!」


大きな背に乗り込むと早速矢のように鬼八の足跡を辿って飛び立った。


――その頃息吹は乳ヶ岩屋にたどり着き、小さな洞窟へ息吹を案内した。


「ここに戻って来るのも久しぶりだ…。息吹姫、さあ」


手を引かれて中へ入ると鬼火がぽつぽつと燈って明るくなり、息吹はふと主さまを思い出した。


「主さまたち…心配してるかな…」


「主さまとは俺を封印した男の子孫だ。…どうしてそんな男の傍に居るんだ?」


突然ぎゅうっと抱きしめられて動けなくなると、鬼八の身体から悲しみが流れ込んできた。


『鬼八様、鬼八様…』


『鵜目姫…追っ手が来てしまった。あなたを離したくない…!』


『いやです、ここに居ます。ああ、私が言いつけを破ってここから出て川に姿を映してしまったから…』


儚げな姫が…鵜目姫が鬼八にしがみついていた。

髪は長く艶やかで、珊瑚の簪が音を立てて揺れていた。


『鵜目姫…俺に何かあったとしても、あなたを愛している』


『私もです、鬼八様…!』


流れ込む――