主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

黒の着物に白の帯――


髪の色も瞳の色も主さまと同じで、背も同じくらいの高さで…


大きな広葉樹の大木を境にこちらへは入ってこれないようで、鬼八が伸ばした手を、息吹は握ってしまった。


鬼八が笑顔を浮かべてつい見惚れると、また違う名で呼ばれた。


「やっと会えた。鵜目姫…」


「私は息吹って言うの。鵜目姫さんはずっと前に亡くなったんだよ。だから違うの」


「だったらあなたは鵜目姫の生まれ変わりなんだ。思い出して。沢山話すから。俺とのこと…。俺と愛し合った日々を思い出して」


…愛し合った?

主さまたちの話では、鵜目姫は鬼八に連れ去られて無理矢理妻にされたということだったが…


「私が聴いた話と違う…」


「あなたが聴いたのは都合の良いように捻じ曲げた話だよ。鵜目…息吹姫、俺と一緒に行こう。一緒に暮らした場所へ」


「きゃっ」


返事をする間もなく腕を引かれて結界から出てしまうと抱き上げられ、主さまのように空を駆け上がった。


「ど、どこに行くの!?」


「乳ヶ岩屋(ちちがいわや)へ。…ちっ、もう嗅ぎつけてきたな」


猛然とこちらに向かって飛んでくる鳥の姿をした晴明の式神に向かって掌を翳すと、途端に式神が真っ二つに裂けた。


「息吹姫、俺の話を聞いて。俺はもう…離れたくない。今度こそは誰にも邪魔されずに…」


――とてもとても悲しそうな顔で悲しそうなことを言って、唇を噛み締めている。


息吹は鬼八に同情し、共感した。


つらい想いをして、寂しい想いをして、誰かに話を聞いてもらいたがっているのだ。


…慰めてあげたい。


「話を聞く位はできるよ。でも私は鵜目姫じゃないから、そこだけはわかってね」


「…今はそれでいい。ありがとう息吹姫。…俺が怖くないの?」


全く揺れないのにものすごい速さで山を越えて行きながらも息吹は首を振って落ちないように鬼八の首に腕を回した。


「怖くないよ、私は妖たちに囲まれて育ったから。鬼八さんは私に怖がられたいの?変なの」


「ふふっ、違うよ。違うけど…ああ、本当によく鵜目姫に似てる…」


あたたかな眼差し。

主さまとは、正反対だ。