「お前なら乗せてやってもいいよ」


うるうるした瞳で主さまを見つめている息吹にそう声をかけたのは朧車(おぼろぐるま)と呼ばれる牛車の妖だった。

御簾に夜叉のような形相の女の大きな顔がついていて、ごろごろと主さまの前に移動すると中へと促す。


「朧車、けしかけるな。百鬼夜行は遊びじゃないんだぞ」


「主さま、息吹はもうあたしたちの仲間なんですよ。1度位いいじゃないですか」


またもや山姫から非難のこもった口調で背中を叩かれて、息吹が背中に腕を回してぎゅうっと抱き着いて来る。


「邪魔しないから!お願い主しゃま!」


「…」


「主しゃまー!」


「…今日だけだぞ」


「!ありがとう!主しゃま大好きー!」


…その言葉もこそばゆくて、つい頬を赤らめた主さまを見た百鬼たちもでれでれとなって、怒られた。


「見るな!行くぞ!」


主さまを先頭に、階段を上がるようにして空を歩く後ろを百鬼たちが行く。


息吹を乗せた朧車を自然と中心にしたのは、いつどんな輩が襲って来ても守れるようにするためだ。


「うわあ、すごい!空を飛んでる!幽玄町が…!……平安町が…」


声が小さくなる。

この幽玄町に捨てられてからはじめて平安町を見た。

碁盤の目のように綺麗に並んだ町並みは美しく、あの町に本当の母が住んでいるのかと思うと、ちょっとせつなくなった。


「息吹、平気かい?」


「あ、母しゃま!大丈夫!」


そっと御簾を上げると…行列を組んで行進する百鬼たちの中に山姫の姿があって手を伸ばす。

すぐに手を握ってくれて、先頭を行く主さまのことを聞いた。


「主しゃまはここに来てくれないの?」


「主さまは先頭に居ないと駄目なんだ。我慢しな」


「うん」


御簾を下ろし、時々隙間から見える景色に見惚れていると、上空の風は少し冷たくて手水に行きたくなった。


「母しゃまー」


「どうしたんだい?」


「しーしーに行きたい」


「我慢できないのかい?」


「もう我慢できない…」


御簾がまた上がって慌てて山姫から抱き上げられた。


「しっかり捕まってな」


「うん」