主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

すっかり気分の落ち込んでしまった息吹はため息をつきながら雪男の部屋を訪ねた。


「雪ちゃん起きてる?起きてたらご飯を…」


「ん、起きてる」


着替えをしていたのか着物から腕を抜いている状態で、真っ白な肌ながらも触ると堅そうな胸が印象的でつい目が離せなくなった。


「あ、あの、ご飯を…」


「食うよありがと」


山姫と雪男は小さな頃から日中眠っている主さまの代わりに構ってくれた。


だから雪男にはさっき決めたことを話さなければと思い、碗を机に置くと正座して改まった。


「?どうした?」


「あのね雪ちゃん…私…お嫁さんに行くの」


「…え?」


青い瞳が驚きに見開かれ、唇が半開きになったが言葉が出てこない。


息吹は小さくはにかんで自身を鼓舞させて顔を上げた。


「だって私…ずっと幽玄町には居られないし、半妖の父様の傍にもずっと居られないの。…だからお嫁さんに…」


「…行く必要ねえよ」


「え?今なんて…きゃ…っ」


――突然雪男から強く右腕を引っ張られて身体が傾くと、ものすごい強さで抱きしめられた。


…雪男は人の体温でも火傷する。

着物越しとはいっても、人肌で痛いはずだ。



「雪ちゃん火傷しちゃうっ、離し…」


「…好きだ」


「え?うん、私も好きだよ?」


「違う、そんな軽いやつじゃなくって。俺…お前のことが好きだ。俺の嫁さんになってくれ」


「っ!?ゆ、雪ちゃん!?」



動揺して瞳を真ん丸にさせた息吹はその告白を俄かに信じることができずに胸を押してなんとか離れようとしたのだが…

細腕のどこにこんな力があるのか、と思わせるほどに強く抱きしめられていて、離してくれない。


「また人と妖の間に壁を作ったんだろ?お前は前もそうして幽玄町から居なくなった。俺はお前のこと…好きなんだ。…お前と生きたい」


「…雪ちゃん…」


――息吹が寿命で死んだら主さまの百鬼から抜けて、ただの雪に戻ればいい。


息吹と死ねるなら本望だ。


「私が…雪ちゃんのお嫁さん…」


部屋の外に、人影。