主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

庭とは言っても、宿から一歩離れれば整備されていない山野だ。


息吹たちは獣道と思しき道を歩いて豊富な山菜を摂り、額に浮かぶ汗を拭いながら太陽を見上げた。


「主さま大丈夫?倒れたりしないでね」


「そんなに弱くはない。それよりもお前は前を向いてある……」


最後部を歩いていた主さまの方を見ながら進んでいた息吹が小石に躓いて倒れそうになると、慌てて息吹の身体に腕を回した。


「あ、ありがとう主さま」


「…ちょっとこっちに来い」


晴明が山菜選びに夢中になっている隙をついて獣道から外れて木の幹に息吹を押し付けた。


「主さまと2人っきりになったら父様に怒られ…」


「晴明の許可など必要ない。いいか息吹、よく覚えておけ。お前は…」


高い背を屈めて息吹と目線を合わせると、顎を取って上向かせて、言い放った。


「親離れをしろ。お前はいずれ俺のものになる。俺しか見えなくなる。…俺に抱かれたくなる」


「っ、だ、抱かれたくなんかならないもん!言ったでしょ、主さまをもっと好きにならないと…」


「ということは…少しは俺のことが好きなんだな?」


「……少しは…」


斜めに顔が近付いてきたと思ったら荒々しく唇を重ねてきた。


睫毛を震わせながら少しだけ瞳を開けると、主さまは瞳も閉じずにじっとこちらを見ていて、恥ずかしさが込み上げてきた。


「見な、いで…っ」


「また“女”の顔をしてるぞ。お前は将来魔性の女になりそうだな」


いつ晴明に見つかるかもわからない状況が主さまを燃え上がらせていた。


「おや?息吹、どこに居るんだい?」


返事ができるはずもなく、主さまが手を握ってきたかと思ったら左胸に押し当ててきて、その激しい鼓動を感じた。


主さまは理知的に見えるがとんでもない。


とんでもなく、情熱的だ。


「息吹?主さま?」


声が近付いてくる。

もう数歩先で晴明の声が聴こえた時、ようやく主さまが離してくれた。


「こ、ここですっ」


声を上げて主さまを睨んだが、それ如きで動揺する男ではない。


…悔しいが、主さまに逆らえない。