主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

『鵜目姫…どうして俺に会ってくれないんだ…。悲しい…寂しい…』


声が響く。

悲しげで、せつなくて、ついそれに答えた。


「私は息吹って言うの。鵜目姫じゃないの。人違いなんです、ごめんなさい…」


『絶対に君は鵜目姫だ。俺と幸せに暮らした日々を早く思い出して。鵜目姫…早く会いたい。早く俺を思い出して』


まるで月の引力のように吸い寄せられてしまいそうになって小さな声を上げると…


「息吹、起きなさい。息吹」


「あ……、父、様…」


――夢から覚めた息吹は自身の頬が濡れていることに気が付いて、ぼんやりしながら息をついた。


「また鬼八の夢を見たのかい?なんと言われた?」


主さまはすでに起きていて客間から少し心配そうな顔でこちらを見つめていた。


「“早く思い出して”って言われたの。父様…私には鬼八さんが悪い鬼とは思えないんです。鬼八さんは鵜目姫と会うために蘇ったの?」


晴明と主さまがちらりと顔を見合わせて、息吹を真ん中に座らせると跳ねた髪を撫でてやった。


「無念だったろうが、鬼八は鵜目姫を無理矢理攫って妻としたんだ。暴れ者だったし、退治されるべく悪鬼だったんだよ」


それでも息吹は納得しかねるという表情で庭に目をやると、ぽつりと呟いた。


「でも…“幸せな日々を送っていた”って言ってました。ふふ、鬼八さんって主さまととても似てるの。でね、とっても優しいの。…でもまた封印するんでしょ?」


できればそうしてほしくない、と暗に言っているように聞こえたので、それについては主さまも晴明も強く頷いて、息吹の希望を打ち消した。


「恐ろしい鬼なんだよ。主さまと同じく鬼族で、鬼の祖ともいうべき男なんだ。多数の同族の犠牲を出してようやく封じたのだ」


「…変なこと言っちゃってごめんなさい。顔洗って来ます」


息吹が部屋を出て行くと雪男と合流するまで見守った後、2人は盛大なため息をついた。


「まずいぞ十六夜。結界に阻まれて入って来れぬとは言え、夢にまで侵入されると防ぎきれぬ」


「晴明…息吹はまさか本当に…」


「鵜目姫が転生したとでも?…文献を読まねばわからぬ」


鬼八は、必ず現れる。