主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹は先ほどの酒でかっかと頬が火照っていて、雪男の隣に移動すると袖を握った。


「雪ちゃん、ふぅふぅして」


「暑いのか?ちょっとだけだぞ」


少し身をのけ反らせて息吹から離れた位置から息を顔に吹きかけた。


冷たい風が吹いて息吹が気持ちよさそうに瞳を閉じると主さまが縁側からぴしゃり。


「戻って来い」


「…やだ。みんなと居たいもん」


「結界を張っているとはいえ私の目の届くところに居ないと安心できないから頼むよ。戻って来なさい」


主さまからの命令は拒絶したが、晴明からのお願いは素直に聞いて、鵺の尻尾の蛇の頭を撫でて戻ると…


主さまは完全にいじけていた。


「主さま、頬がぷうってなってる」


「うるさい。早く晴明の隣へ行け」


――本当は誰にも邪魔されずに先程の続きをしたいのに、どうやらこのいつも笑んでいる父代わりの男がそれを許さないようだ。


それに、息吹にどんな言葉をかければいいかもわからない純情丸出しの主さまは、むかむかしながら酒をがぶ飲みしていた。


「鬼八が来る気配はないな。嵐の前の静けさというやつか」


「早々に今夜来ると思うか?時機を見ていると思うぞ。晴明、お前の結界が頼りだからな」


「もちろんだとも、愛娘のために全力を賭す。で?息吹は何故先程から主さまをちらちら見ているのかな?」


指摘されてどきっとした息吹と、ちらっと盗み見てきた主さまの目が合った。


またもや慌てて視線を逸らしたその不自然さに、今度は晴明がむっとなって、ちくり。


「ほう、私には言えぬのか。娘に隠し事をされてつらいが、息吹も親離れする時期なんだね。悲しいかな悲しいかな」


「ち、違うよ父様!…主さまが…」


何を言うのかと思って主さまが目を見張っていると、息吹は俯きながら唇を尖らせ、顔を赤らめた。


「主さまがちょっとだけ…かっこよく見えただけだもん…」


「!」


「ほう、主さまが?元々色男ではあるが私の方が色男だぞ?私とて恋をして色男っぷりが上がっているはずだが」


「え!父様…恋をしてるの!?誰と?ねえ、誰と!?」


「ふふふ」


意地悪晴明、にやり。