主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

『鵜目姫…』


続いて手足塚と胴塚へ向かうために牛車に乗り込もうとした時――


不気味な声が空から降ってきて、息吹が思わず叫び声を上げそうになるとそれに気付いた晴明が息吹を背中から抱きしめると手で口を覆った。


「しー、静かに」


怖くて身が竦みそうになったが主さまが前に立ってくれて、その細くも頼りがいのある背中を見つめているとだんだん落ち着いて来て、それでも怖くて瞳を閉じた。


『鵜目姫…ここに来ているのはわかっているんだ。どこだ…』


「鵜目姫はとうの昔に死んだ。お前も傍に行きたいか?無理だぞ、お前は地獄行きだからな」


晴明が静かに祝言を詠み上げ、さらに息吹の姿を鬼八から隠したが、鵜目姫を求めて復活した鬼八はとても追いつけない速さで飛び回った後、笑い声をあげた。


『鵜目姫は今生で俺と結ばれると決まっているのだ。もう2度も夢で会ったぞ!次は必ず…身体を取り戻して、会いに行く!』


「待て、鬼八!」


――笑い声が遠ざかり、晴明が息吹の口を覆っていた手を外すとがたがたと身体が震えて主さまの背中にしがみついた。


「主さま…怖いよ…!」


「心配するな。それよりもお前たちは先に胴塚と手足塚に向かえ!」


鶏によく似た巨大な鳥の姿の波山(ばさん)が一目散に胴塚へと飛んで行き、首のない首切れ馬という妖に跨った片目の鬼の夜行(やぎょう)が手足塚へと向かった。


「十六夜、私は手足塚へ行く。そなたは胴塚へ迎え。合流はこの首塚にて」


「わかった。息吹を任せたぞ」


「主さま!」


事は急を要する。

息吹が切迫した声を上げたがそれを振り切って胴塚へ向かった主さまの背中を見つめたままの息吹を無理矢理牛車に押し込めると晴明は息吹をぎゅっと抱きしめた。


「父様…私のせいなの?私がここに来たから?」


「いや違うよ。鬼八はここ数百年大人しくしていた。眠りにつくかと思ったが逆だったのだ。あ奴は力を溜めていたのだ。いつか鵜目姫と再会できると信じて…」


「そんな…私は違います!私は…」


「そなたのせいではない。落ち着きなさい息吹」


鬼八が怖い。

怖かったが、優しい瞳をしていたあの鬼が、怖い――