主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

夕暮れになると続々と妖たちが庭に集結し始めた。


高千穂の山奥にあるこの定宿は人間からは今にも崩れ落ちそうな廃屋にしか見えていない。

それに不気味な雰囲気も醸し出しているので、誰も近寄ってこなかった。


「私はこの牛車に乗ればいいの?」


「そうだよ。この2匹の大鬼が引いてくれるからね」


3mはあろうかというほどの巨大な大鬼で、小さな頃幽玄橋の前に立つ赤鬼と青鬼に遊んでもらっていた息吹は何ら恐れもせずにぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いしますっ」


「ああ、その鬼たちは一切話さないように調教してあるから早く乗りなさい」


大鬼が引くという牛車は10人は余裕で乗れそうなほどに大きく、乗り込もうとすると傍にいた鵺や猫又が抗議の声を上げた。


「息吹は僕の背中に乗るにゃ!」


「何を言う、俺の背中だ!」


「うるさい。行くぞ」


主さまに怒られてしょげた猫又の尻尾の付け根を撫でてやってごろごろ言わせると牛車に乗り込み、その広さに感動。


「すっごく広い!幽玄町からこれで来たんですか?」


「そうだよ。山姫も誘いたかったのだがつれなくされてね。独りで寂しくやって来たというわけさ」


意味がわからず首をかしげている愛娘の髪を愛しげに撫でると主さまが咳払いをして、晴明に注意を促した。


「鬼八塚は近付くだけで気が狂う人間も多い。息吹に結界を張っておけ」


「さあ息吹、心を鎮めて私の目を見なさい」


唇に人差し指をあてると祓詞(はらへことば)を詠み上げ、息吹の回りがぴんと張りつめた清浄な空気で包まれた。


「今のは穢れを祓い清め、清浄な空気になるように祈願申し上げた祝詞だよ。これでそなたは鬼八に見つかることはないだろう。じっと息を潜めているのだよ」


「はい。やっぱり父様が1番頼りになります」


「……」


むっとした主さまが意を決して息吹の腕を掴むと、息吹を膝に乗せて噛みつくような勢いで耳元で囁いた。


「俺を1番に頼れ。俺がお前を守ってやる。次に俺以外の者を頼ったらお前を無茶苦茶にしてやるからな」


「は…、は、はい…」


――またちょっと嬉しくなってしまって、俯いた。