主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

30分経っても晴明と息吹が温泉から戻って来ない。


「まさか…な」


山姫に想いを寄せていることは確認済みなので疑いたくはないのだが…


自分だったら、息吹と2人きりで温泉に入って何もしない、ということは絶対にないだろう。


…どんな自信だ、と思いつつ座り込みをしている雪男を立たせて宿を顎で指した。


「あいつらを起こして来い。出発するぞ」


「…わかった」


不機嫌丸出しの返事を返され、雪男の首根っこを掴むと細腕で軽々と持ち上げた。


「俺が黙っているからといってふざけた態度を取るなよ。百鬼から抜けたいか?」


「!抜けたくないし主さまとの勝負は別問題だろ!俺…早くあったかくなりたいんだ」


――雪女の母は家柄の良い同じ種族の男と夫婦になった。

しばらくは仲睦まじく暮らしたがーーある時、人と事をあらだててその命を落とした。
だから母は人に恨みを抱いている節がある。

小さな頃にひととの関わり方について教えられた。
真実に愛し合った者とならば、身体を重ねることができる、と。

もちろん、魂も。


できるならば、それを息吹と――


「あれは俺のものだ。…この遠征で必ず俺のものにする」


「へえ?息吹が受け入れてくれると思ってるんだ?」


「…お前は晴明の次に性質が悪いな」


「誰が誰の次に性質が悪いだって?」


振り向くと湯上りの晴明と息吹が草を分け入って温泉から上がってきたところで、

真っ赤な顔をして手で扇いでいる息吹の傍に雪男が駆け寄ると、少し離れた位置から冷たい息を吹きかけた。


「気持ちいい…」


「出発するけど大丈夫か?その…俺が抱っこして運んでやっても…」


「嫁入り前の娘にべたべた触ってほしくはないものだねえ」


――水面下で息吹の取り合いが始まり、主さまがさっと息吹の手を引くと俺様全開で命令した。


「俺が抱いて連れて行く。異存あるか?」


「え…、な、ないと思います…」


…恋も知らないまま主さまに口づけされたり背中に唇の痕を残されたり…

少しずつ…いや、かなりの速度で主さまに距離を縮められている息吹は、主さまを拒絶できない。


…それが嬉しくもあるからだ。


本人にはとても言えない。