さっきまでの汗が一気に凍ってくしゃみをすると、雪男がむくっと起き上がった。


「ここには来るなって言っただろ」


「あのね、主しゃまが起きてるんだけど遊んでくれるって言ったのに遊んでくれないの。雪ちゃん遊んで」


青い髪に白い着物と銀色の帯をつけた色白で母譲りの美貌の雪男が、まだ眠たそうに目を擦りながら人には寒すぎる部屋から息吹を出すために階段へと押しやる。


「ったく起きてるんなら構ってやれよなー」


「雪ちゃん何して遊ぶ?おはじきする?」


「お前勉強した方がいいんじゃねえの?頭悪い女は嫌われるぞ」


「でも主しゃまがお勉強しなくっていいって」


階段を昇る脚が止まった。…主さまの意図が読めたからだ。


だが雪男としてもここまで息吹を育てた自負があって、主さまに食べられてしまうことだけは避けたいのだが…


良い案が浮かばない。


「じゃあ俺が教えてやるよ。主さまには内緒だぞ」


「本当!?」


「ああ。その代り絶対主さまには言うなよ」


息吹の顔に満面の笑みが広がり、抱っこしてやりながら大広間に移動すると、

煙管を吹かしていた主さまが振り返って不機嫌そうに眉を潜めた。


「気安く触るな」


「やだ」


雪男が離そうとすると息吹が首にしがみついて、さらに主さまの機嫌が悪化した。


「こっちに来い」


「主しゃまは遊んでくれないからやだ」


首を振って長いさらさらの髪が揺れて、いずれあの髪も血も肉も我が身となる予定の息吹から反抗された主さまは少なからず衝撃を受けていた。


「ふふ」


「…山姫、何がおかしい」


「いえ、なんでも」


陽のあたらない部屋の隅に腰かけて、愛用のおはじきを持ってきた息吹が何度も雪男を親しげに呼ぶ声が聴こえた。


「雪ちゃん下手ー」


「…」


「きゃっ、雪ちゃんの手冷たくて気持ちいー」


「……」


「雪ちゃん暑いから抱っこして」


「……息吹、俺が水風呂に入れてやる」


痺れを切らした主さまが立ち上がり、息吹を抱きかかえると攫って行く。


「主さまもまだまだだねえ」