主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「おや、山姫ひとりなのかい?」


主さまたちが留守にしている間も掃除や庭の花に水やりなどやることの沢山ある山姫がせかせかと動いていると、


背後から気配もなくそう声をかけてきた男に驚いた山姫は、思わず水の入った桶を地面に落とした。


「び、びっくりしたじゃないか晴明!」


「ああすまぬ、そんなに驚かれるとは思っていなかった」


直衣姿の晴明はのほほんと縁側に座り、ぽんぽんと隣を叩いて山姫を促す。


「な、なんだい…あたしはここでいいよ」


「何を恥ずかしがっている?」


――晴明と居るとどこか調子を狂わされてしまう山姫は晴明の隣に座りたくなかったのだが、仕方なく隣に座って美しく咲き誇る庭の花々を一緒に愛でた。


「息吹は無事に発ったかい?」


「主さまが一緒なんだ、当たり前だよ。それよりあんたは行かないのかい?」


「今から行くとも。そなたが独りなのではないかと思って心配で見に来たのだよ」


瞬間、山姫の顔にぼっと炎が燈り、慌ただしく立ち上がりながら、怒鳴った。


「か、からかうんじゃないよ青二才が!」


「ふふふ、そなたとこうして話すのも楽しいものだ。そなたからしたら青二才だが、なかなかの美丈夫に育ったものだろう?」


母の葛の葉が殺された後主さまが親代わりになってくれて、

その時すでに山姫は主さまの側近として傍に居たのだが、だからこそ山姫は晴明が幼かった頃からよく知っている。


…よもやこんな風にからかわれたりする日が来ようとは思っていなかったが。



「十六夜の傍に居ると嫁に行き遅れるぞ。…ああそうか、その時は私がそなたを嫁に貰ってやろう」


「な…っ、あんたなんか願い下げだよ!早く行っちまいな!」


「聞き流されたがまあいいだろう。…では行って来るよ」



――去り際、晴明が山姫の赤くなった頬を指で撫でた。


山姫はびくっと身体を攣らせて、晴明は俯いて顔を上げない山姫をしばらく見つめて離れると門の前に止めていた牛車に乗り込み、去って行った。


「…青二才が…よ、嫁だって?!冗談じゃないよ…」


触れられた右の頬をごしごしと擦った。

が、感触は残ったまま。