主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

着替えの浴衣を胸にかき抱いて温泉から飛び出した。


温泉の入り口には主さまに脅されても去らなかった雪男が胡坐をかいて座り込んでいて

草をかき分けて飛び出してきた息吹が雪男とぶつかってしまい、目の前で倒れ込んだ。


「きゃっ」


「う、うわっ!い、息吹っ、浴衣!浴衣着ろ!」


かろうじて全裸を見ることを免れたが、背中側が丸見えになってしまっていて、


そして…

花弁のようないくつもの痣を見つけて、絶句した。


「そ、その背中のやつって…」


「!な、なんでもないの!」


「ちょ、待てって!俺が見張っててやるからちゃんと着ろよ!」


顔を真っ赤にして手で目を覆うと、浴衣を着て帯を巻く音がして、肩に触れてきた。


「着たよ」


「……主さまとなんかあったのか?」


――思い切って聞いてみると、息吹は首を振り続けて教えてもらえず、ただ息吹の背中についているのは唇の痕だとわかっていた。


「あのね、雪ちゃんと一緒の部屋でいいよって主さまが言ってくれたの。だから一緒寝よ?」


妖の自分たちはもちろん朝になると弱ってしまうが、八咫烏の背に乗っていたとは言え、自分たちより疲れているのは息吹の方だろう。


雪男は息吹の手を引くと部屋に入って床を敷いてやった。


「続き部屋あるし、お前はそっちで寝ろよ。俺はもうちょっと起きてっから」


「…そう?じゃあ先に寝るね。おやすみなさい」


息吹が襖を閉めてしばらくするとようやく一息ついて、湯呑の茶を口にした。


「主さま…息吹に何してくれてんだよ」


呟いた時、出入り口の襖がゆっくりと開いた。

…だが姿は見えない。

殺気が噴き出して本能的に雪男も素早く腰を上げて身構えると、ぬう、と現れた白い手がまたゆっくりと襖を開けて、殺気の持ち主が顔を出した。


「人間の小娘は…ここにおいでかい」


「絡新婦…!息吹に手を出すなと主さまに言われてるだろ、近寄るんじゃねえよ!」


――雪男の顔に浮かぶ恋心の色に気付いた絡新婦は、唇を吊り上げてにたりと笑った。


「へえ…あんたも?ふふ…」


襖が閉まる。

冷や汗が頬を伝った。