今まで殺風景だった庭は今となっては色とりどりの花が咲き乱れていた。


「主しゃま、水やりすぎだよー」


「…加減がわからん。お前がやれ」


結局まだ水の沢山入った桶を手渡された息吹がよろよろしながら柄杓で水やりをして、主さまは縁側に座って欠伸をする。


「ったく…なんでこんな明るい時間帯に…」


「主しゃまー、今日もお仕事行って来るの?」


「ああ、お前は外に出るなよ」


“お仕事”とは百鬼夜行のことだ。

夜になると大挙して夜空を駆け上がって行く百鬼たちに手を振って送り出すのが息吹の日課。


そして、聴いてきたくせにいまいちな返事をされて煙管を持つ手が止まった。


「なんだ、文句でもあるのか?」


「ううん。ねえ主しゃま、町で寺子屋を見たよ。私も行っちゃだめ?」


「だから勉強なんかしなくていいって言ってるだろうが」


…と言いつつも手探りで息吹をここまで育ててきたのが実情だ。


というよりも、息吹をここまでまっすぐに育てたのは山姫の成果なのだが。


「あ、母しゃまー」


「花に水をやってたのかい?偉いねえ」


男を骨抜きにすることにかけては随一の山姫が優しげに笑って息吹の頭を撫でる。

だが主さまは食指を動かされたことはない。


周囲から“そろそろ妻を”と言われはじめていて、時々各地から地方の女の妖たちが集められたりしていたが、主さまの預かり知らぬところでのお節介なので、気に留めたこともなかった。


「暑くなってきたから雪ちゃんのところに行って来るね」


「冷えすぎるなよ。…不味くなるからな」


最後の言葉はぼそっと呟き、山姫が不機嫌そうな顔をした。


「はーい」


屋敷の奥に消えて行くまで見送り、山姫が煙管を吹かす主さまの隣に座った。


「まだ食べるつもりなんですか?」


「ここまで手塩にかけて育てたんだ、必ず食うぞ」


「…薄情な」


「今なにか言ったか?」


「いえ別に」


――その頃息吹は着物の上から羽織を着こむと固く閉じられた扉を開けた。

一気に息が白くなり、目的の男に声をかける。


「雪ちゃん、遊んでー」