息吹は妖怪と暮らしていること自体、何ら違和感を感じていない。


暮らしに何ら支障はない。


「主しゃまー」


「…なんだ、もう帰ってきたのか…」


帰るとまだ主さまは布団の中で、隣に潜り込むと寝乱れている胸に頬を摺り寄せた。


「私も一緒に寝るー」


「お前は夜に寝ろ」


――眠るのが好きな主さまだが、寝ている姿を百鬼たちに見せたことはない。

知っているのは、息吹だけだ。


「あのねー主しゃまー」


「なんだ」


「“とつぐ”ってなあに?」


…瞳が開いた。


切れ長の瞳が、瞬きをせずに見つめてきている息吹とぶつかり、不機嫌そうな声を出させた。


「…知ってどうする」


「赤たちがね、“主しゃまにとついだらいいのに”って言ってたの」


「知らなくていい。お前は言葉とか文字とか覚えなくていいんだ。必要ないからな」


「どうして?」


「もう少し成長したら教えてやる」


いつか教えてくれるということがわかって、むくっと起き上がると寝室を出て行こうとする息吹を呼び止めた。


「どこへ行く」


「雪ちゃんのとこー」


雪ちゃんとは雪男のことだ。

地下に居を構え、氷漬けの部屋で今はまだ寝ているはずだった。


「あいつはまだ寝てるぞ」


「主しゃまだってまた寝るでしょ?」


…なんだか対抗意識が芽生えて息吹の小さな手を引っ張ると布団の中に引きずり込んだ。


「俺が遊んでやる。何をする?」


「お花に水やり!」


「………わかった。ちょっと待ってろ」


季節は夏。

炎天下は大嫌いだったが、髪をかき上げながら起き上がり、下駄を履いて外に出た。


「お水汲んでくる!」


「俺がしてやる」


何だかんだいいつつ息吹に振り回され、主さまが井戸から水を汲んで桶に入れた。


「“とつぐ”ってなあに?」


「大きくなったら教えてやると言ったただろうが」


「大きくなったもん。ほら!」


縁側に立って主さまより背の高くなった息吹がにかっと笑う。


人の子に振り回されっぱなしの主さまはつい笑った。