言っておくが…猫又は乗り物ではない。


れっきとした妖怪で、虎柄で2つの尻尾を持つ猫の妖は大人しく息吹を乗っけたまま幽玄町を歩いていた。


「ああ、暑い…暑い…」


相変らず日差しに弱い山姫はそれでも1人で幽玄町に息吹を送り出すわけにはいかず、猫又が誇らしげに往来を闊歩する。


主さまに育てられたという息吹を見た人々は遠巻きからその光景を眺めて声を潜めていた。


「あれが…」


「10年前にここへ来たことを俺は覚えているぞ」


「猫ちゃんー、もっと早く歩いて!」


「全く…猫又扱いが荒いにゃ!」


そう言いつつもふらつく山姫を置いて幽玄橋にたどり着き、目的の虎柄の腰巻を巻いた山のような赤鬼と青鬼の前に立つ。


「赤ー、青ー」


「おお、息吹!娘っこめ、大きくなったな!食い甲斐がありそうになってきたぞ」


「馬鹿をお言いでないよ。冗談でも許さないからね」


山姫に凄まれて、色が違うだけで同じ顔をした大鬼たちは豪快な笑い声を上げた。


「ほら息吹、来い!」


「きゃー!」


青鬼から高い高いをされて、この鬼たちと遊ぶのが大好きな息吹は…


時々ちらっと、橋の奥にある人間が住む平安町を見る。


…赤鬼、青鬼、山姫、猫又はそれに気付いていたが、あっちへ戻すわけにはもういかない。


今や息吹は彼ら全員の子なのだから。


「今日は俺たちが息吹を拾った日だぞ!だから会いに来てくれたのか?」


「そうだよー、主しゃまと一緒に来たかったんだけど、眠たいんだってー」


ちょっとだけ悲しそうな顔をした息吹の身体を今度は赤鬼が攫い、牙を剥いて笑った。


「ははは!息吹よ、この際主さまに嫁いだらどうだ?」


「青!」


山姫が一喝し、猫又がけらけら笑う。


「冗談言うにゃ。息吹は主さまの食いも…もごもご」


山姫に口を塞がれてそれ以上何も言えなくなった猫又の前に下ろしてもらうと、息吹が両耳を引っ張った。


「いたたた」


「今なんて言ったの?」


「な、なんでもないにゃ」


――息吹はまだ自らの運命を知らない。


まだ、知らなくてもいい。