主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

明け方…主さまが戻ってきた。


襖が開く音がして、息吹は目を覚ましていたのだが寝ているふりをして主さまがどういう行動に出るのか、待ち続けた。


…傍らに座り、頬にかかった髪を払い、顔が見えるようにすると、頬を撫でてきた。

くすぐったかったが必死に耐えて、だが思わず声が漏れてしまった。


「ん…」


「………息吹」


…寝たふりをしているのがばれてしまったのだろうか?

そう考えたが返事をせずにいると…ゆっくりと唇が重なってきた。


――夢ではない。


薄目を開けると…主さまも瞳を閉じていて、敷布団をぎゅっと握ると、小さな囁き声が聴こえた。


「…お前が欲しい…」


「主さ、ま…っ」


――つい名を呼んでしまうと、熱に触れたように突然身体が離れて、息を呑んで見つめられているのがわかった。


「…いぶ、き…?お前…起きて…」


息が上がりそうになっていたが、それには答えずに寝返りを打って背を向けると、まだ食い入るように見つめられている気配がして、なるべくぴくりとも動かないようにして、耐えた。


――すると逃げるようにして主さまが自室に消えて行き、息吹は布団を被って、荒い息を何度も吐いた。


何度も何度も口づけをしてきた主さま――


まだ2度目の経験だったが、またきまぐれに…からかわれただけなのだろうか?


主さまは妖なのに。


“お前が欲しい”の意味は?


…考え出すと頭が痛くなって、それからまた息吹は眠れなくなった。


――そして自室に戻った主さまは手で口を覆って、絶句していた。


…起きて、いた?


寝たふりをしていたのか?

では…毎夜こうして息吹の唇を奪いに部屋を訪れていたことも全て知っていたのか?


「まさか、な…」


もし起きていたのならば、なんと言い訳をすればいいのだろう?


…寝ているようにしか見えなかったが…晴明の言葉を信じるならば、息吹は朝まで起きることはない、と言っていた。


それを鵜呑みにした自分がいけなかったのか?


「…くそ…っ」


まだまだ足りない。

まだまだ…