主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

本当は熱などないのだが…あれから眠れなくなった。

山姫が何度か冷たい氷水に浸した布を替えに来てくれていつの間にか眠っていて、誰かがあたたかい手で額に触れてきて目を覚ますと…


「起きたか?布を替えてやる」


心配してくれているのか袖を捲って布を絞っている主さまをぼんやりと見つめて、主さまの膝に触れた。


「…俺に触れるな」


「ねえ…主さまは好きな人が居たよね?昔、絵を見せてくれたよね?その人とはどうなってるの?」


綺麗な女の絵。

幼い頃にあの絵を見せられた時、なんだか心が真っ黒になってしまいそうになって、見るのがいやだった。


今もあの絵の女性が好きなのならば、一体何故自分に口づけをしたのだろうか?

…身代わりなのか?

ただの気まぐれなのか?


――主さまは黙ったまま息吹の額に冷たい布をあてた。


「…お前に関係ない」


「両想いじゃないの?好きなんでしょ?だったらどうして…」


言いかけて、主さまが怪訝げな顔をしたので寝返りを打って背を向けた。


「主さまは気まぐれだもんね。私を拾って育てたのも気まぐれだし、ごめんなさい、私がここにご厄介になってるのは迷惑だよね。私…後で出て行くから。ごめんなさい」


何度も“ごめんなさい”と口にすると、急に肩を引かれて強引に振り向かされ、また唇と唇がくっつきそうな距離で主さまが囁いた。


「出て行く必要はない。絵の女のことは気にするな。…お前はここに居ればいい。ずっとだ」


…ずっととは、いつまで?

主さまと居ると、自分が自分ではいられない気がする。


「…息吹…?」


主さまが驚いたように唇を開いた。

どうしたの、と言おうとして、自分の視界が歪んでいることに気が付いた。


「お前…どうして泣いて…」


「わかんない…。主さま…お願い、手を握って…。お願い…」


――戸惑ったように息吹の手に触れようとしてまた引っ込めると息吹はずっと主さまに手を差し伸べ続けた。


「…甘えるのは今日だけだぞ。餓鬼が」


“その小娘に口づけをしたのは誰?”


…そう言いかけてまたやめて、息吹がまた眠るまで主さまは手を握ってくれた。