主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

「お願い…主さま…お願い……っ」


――両手で顔を覆って泣く息吹――

唇を噛み締めて、身体は震えて…


お前は、晴明を愛しているのか?

お前は…晴明の手を選ぶのか?


俺では…駄目なのか?


「…山姫、少し外せ」


山姫が障子も襖も閉めて席を外し、主さまはこの時…6年ぶりに息吹と視線を交わした。


「晴明の母のことだな。生きたまま皮を剥がされ、それは惨い最期だったと聞いている。取り戻しに行くと言っていたか?」


「うん…、下準備が…済んだらって…。“私になにかあったら”って聞きたくないことを言おうとしたのっ」


「わかった。何か仕出かすんじゃないかとは思っていた。俺に任せておけ、お前は心配するな」


優しい声色でそう言うと余計に声を上げて泣きだして、“俺が同じ状況だったらこんなに泣いてくれただろうか”と詮無いことを考えて、ただじっと見つめていると、ぼろ泣きのまま膝をついて近付いて来て…


ぎゅっと抱き着いてきた。


「…っ」


「主さま、ありがとう…っ、父様をお願いね…!」


「…?どういう意味だ?お前は…」


「私は…帝にお願いしてみます。父様の母様を返してもらえるように…」


――俯いた息吹は胸に埋めた顔を上げず、だが意味は悟った。


“人質になりに行く”と。


それはつまり…交換条件。


「私が帝の言うことを聞けばきっと…。だから主さまは父様を止めていて下さい。お願い…」


「息吹…お前…っ!」


そんなに晴明を愛しているのか?


あんなに嫌っている帝の中宮になっても良いと考える程に?


…俺は許さない。

お前は、俺の…


「…後は俺に任せろ。お前…泣きすぎだぞ。目が腫れて晴明からねちねち嫌味を言われるのは俺なんだからな」


背中に細い腕が回ってくる。


…もう、我慢できなかった。

こんなに耐える意味がわからなくなって、息吹をきつく抱きしめた。


「っ、主、さま…?」


「少し黙れ。…胸を貸してやる」


「うん…主さま、大好き…」


――本当は晴明が好きなくせに。


…空回りする。