主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

息吹が晴明を守るようにふわりと抱きしめると、晴明が髪を撫でた。


「父様…おやすみなさい」


「…ああ、おやすみ」


――息吹の細い背中を見送って襖が閉まるとどっと疲れが襲ってきて、畳に倒れ込んだ。


「…あの子は…本当に私を悩ませるな…」


6年前一目見た時に“幽玄町から連れ出そう”と思った。

それから悠々自適で独り暮らしをしていた自分が子育ての本を読み解き、母のことをも忘れて子育てに夢中になっていた6年間…


「あの子が…私を救ってくれるのか?」


そんな馬鹿な。

16歳のか弱き女子に何ができる?


「…言うのではなかったかな」


晴明は母の胎内に居た時のように身体を丸めて、目を閉じた。


――翌朝息吹は晴明よりも早く起きて顔を洗い、着替えをして晴明の分の朝餉を作ると、そっと外へ出た。


「私のすることなんて父様にはお見通しなのね」


屋敷の前に止まっている牛車。

乗り込むと無人なのに走り出し、正座をして膝の上で拳を握りしめながら決意を固める。


「私…御所へ行きます。父様…父様の母様を返してもらうようにお願いしてみます」


あの帝とまた対峙するなんて絶対に嫌だと思っていた。

が、晴明が長い間下準備を進めて憎悪を膨らませていた一条朝。

あの優しい父代わりの男を失うわけにはいかない。


「赤ー、青ー、おはよう!通してもらえる?」


「おお息吹か!通うと聞いたぞ、お前ならいい、通れ通れ!」


本来は一方通行。入ることはできても出ることは適わない。

だが息吹は許される。


幽玄町の住人達の朝は早く、この時間帯に活動していないと夜は一歩も外に出れないので、息吹を乗せた牛車が入って来るとすぐに素性が割れて、皆が見守った。


“主さまの姫が帰ってきた”と。


「母様、母様ー」


「早いねえ、主さまはさっき戻ってきたばっかりだよ」


「起きるまで待ってます。絶対に聴いてもらわなきゃいけないお話があるの。それを聞いてもらえたらまた無視してもいいから…待ちます」


縁側に座り、そこからてこでも動かない姿勢を示し、主さまはそれを寝室から聞いていた。