主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

…本来こんな真昼間から主さまが起きているのは珍しい。

いつもは夜になるまで寝ているのに、もしやこれからは息吹と過ごすために日中起きているつもりなのだろうか?


「主さま、少し寝て下さいよ。今夜も百鬼夜行でしょう?身が持ちませんよ」


「うるさい、俺に指図するな」


…相変らずな“俺様”だ。

息吹と居たいがために眠くても起きているつもりだろう主さまに聴こえるようにため息をつき、小さな頃遊び相手だった雪男が日陰を通りながら息吹に近づくと…主さまの瞳が尖った。


「あ、雪ちゃん!母様と一緒に花に水をやってくれてたんでしょ?ありがとう」


「つか汗がすごいぞ、大丈夫か?」


息吹が玉のような汗が浮かぶ額を手で拭うと雪男が藤色の紫陽花を一輪手折り、息を吹きかけるとそれは瞬時に凍って氷花になった。


「わあ、綺麗…」


「しばらく溶けないからこれ持って首とか顔にあててろよ」


「雪ちゃん優しいんだね、ありがと」


――何だか仲睦ましい姿を見せつけられてしまった主さまは、雪男に向かって思いきり煙管を投げつけ、それが見事に後頭部に激突して悲鳴を上げると、あろうことか息吹が雪男を庇った。


「主さまひどいよ!雪ちゃん何もしてないのに!」


「…ふん、もう寝る」


「あいよ。後はお任せ下さいまし」


ふてくされた主さまが寝室に消えて行くと少しがっかりした息吹がそっと縁側の方の障子を開けた。


「主さま…寝ちゃうの?」


「…」


会話らしい会話はまだほとんど交わしていない。

気安く許すと安心されて、もうここへは来なくなってしまうかもしれないから。


「主さま?」


「…」


「十六夜さん」


「!…その名を呼ぶな」


みるみる自分の顔が赤くなっていくのを感じて、この暑い中掛け布団を頭から被って断固拒絶の姿勢を示した主さまにしゅんとした息吹が障子を閉めて縁側に座った。


「…いいもん。私…ずっと通うから」


「ねえ息吹、明日は母様と幽玄町へ行かないかい?あんたとお揃いの浴衣を買いたいんだけどさ」


「え!行く!母様ありがとう!」


戻ってきた、と思った。