主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

帰りの牛車の中で、息吹はひたすら晴明に謝り続けていた。


「気付いたら勝手に足が幽玄町へ向かっていたんです。十六夜さん…いえ、主さまに会わなきゃって…」


「そなたの好きなようにすればいい。牛車を用意させるから、夜までには帰って来るんだよ」


晴明からの許しが出て嬉しさのあまり晴明の膝に上がるとぎゅっと抱き着いた。


“この子が私の本当の娘だったらよかったのに”


と、性格の悪い晴明にそう思わせる程息吹は純粋で、一条朝に向かう憎悪も安らぐ気がしていた。


「でも…また帝が御所へ来いと言って来たら…」


「なに、私はもうあそこへ行くつもりはないし、使者が屋敷へ来たら術で迷わせてやる」


――主さまに雰囲気も風貌もよく似た晴明。

ものすごく怒られると思っていたので、息吹はとてもほっとして、屋敷へ着くともう朝陽が昇りそうだったが無理矢理眠るために晴明に頭を下げて部屋へ戻って行った。


晴明が私室に入ると勝手に灯篭に火が燈り、腰を落ち着けると含み笑いを漏らしていた。


「ふふ、次は十六夜をどうやって苛めてやろうかな」


――その頃主さまは、“毎日通うから”と言った息吹の言葉を噛み締めていた。


…恐れもせずに腕に触れて来て、まっすぐに見つめて来た。


姿を消していない自分を――


息吹と晴明が去ってしばらくして主さまは寝室から出た。

縁側に座って団扇で顔を仰いでいる雪男をちらっと見て、少し脅してやろうと隣に座り、煙管で頭を少々強く叩いた。


「いてっ!主さま…」


「息吹には手を出すな。あれは…」


「…主さまの、だろ?別に俺…息吹のことなんか…」


――人間の男と雪女の間に生まれた半妖はどもりながら自身の想いを否定しようとしていて、鼻を鳴らすと煙管を噛み、笑っている山姫を呼び寄せて庭を顎で指した。


「花の水やりは息吹にやらせろ。枯らせたらあれの責任だ」


「つまり毎日ここへ通わせるつもりなんですね?主さまの愛情表現は相変わらず遠回りで分かりにくいですねえ」


「…うるさい」


――息吹は毎日ここへ――

自分が行かずとも、ここへ来てくれる…


…眠れそうにない。