主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】

丑三つ時を、真っ白な浴衣を着た女が走っていた。


幽玄町と平安町はひとつの橋で隔てられているが、百鬼は平気で町に忍び込んでくる。

だが、人を襲いはしない。


…だが今平安町を息を切らしながら走っているのは、どう考えても妖の類に思えた。


「はぁ、はぁ…っ」


往来を駆け、途中何度も転びそうになって、脚の裏は皮が剥けてしまった。


――主さまに会いたい。


ただその一心で走り続け、道がわからなくなって立ち止まると真っ暗な空から鳥の鳴き声のようなものが聞こえて振り仰いだ。

晴明の式と思われる白い鳥が飛んでいて、先導するように東を飛んで行く。

脚の痛みに耐えながら走り、そして…幽玄橋にたどり着いた。


その時には髪も乱れて、本当の妖のように見えたかもしれない。


走っているうちに、幽玄橋にいつでもに立ち続ける赤鬼と青鬼の後ろ姿が見えた。

1歩踏み出すとその気配に気づいた2匹が金棒を持って振り返って警戒した。
だが息吹は2匹が懐かしくて、最後の力を振り絞って駆けて、名を呼んだ。


「赤…、青…!」


「!?その呼び方……まさか…いや、ここに来るわけが…」


「赤、青、私だよ、息吹だよ!」


「息吹…!お前…こんなに美人になって!帰ってきたのか?待っていたぞ!」


感極まった赤鬼に抱き上げられ、息吹はきゅっと太い首に抱き着いた。


「主さまに会いたいの。お願い、連れて行って!」


「いや、だがしかし…俺はここに立っていなければ…」


「行って来い。ここは俺だけで十分だ」


青鬼が目にきらりと光るものを浮かべながら息吹の頭を豪快に撫でて髪がくしゃくしゃになった。


「お会いして来い。先ほどの主さま、憔悴しておられた。お前が慰めれば一発で元気になる!」


「…うん。青、また後で会いに来るから!」


地響きを立てながら赤鬼が主さまの屋敷に向かって走り去る中、青鬼は感慨深く息をついた。


「別嬪になって…こりゃ主さまも骨抜きになってしまうやもしれんなあ」


――その頃主さまは帰って来るなり寝室に籠もって山姫たちを心配させていた。


だが…気配に気づく。


感じてはならない気配に。