晴明の屋敷に戻るまで息吹は黙り込み、頭の中は混乱に満ちていて、晴明の言葉がひとつも耳に入ってこなかった。
――十六夜は、主さまだった――
自分を食べようと目論んで育てて、そして逃げ出した自分を追って、また食べようとしているのだろうか?
暴漢や帝や河童から身を守ってくれたのは、まだ諦めていなかったから?
「父様…頭が痛い…」
屋敷に着くなり息吹が頭を押さえ、屋敷の中まで抱き上げて上がるとすぐに床を敷き、息吹を寝かせた。
「今まで言わずにすまなかったね。これは十六夜と私の約束だったから」
「…主さまは…まだ私を食べようとしているんですか?だから今まで助けてくれたの…?」
「それは十六夜から直接聞いた方がいい。あ奴は今失意の淵に立たされているだろうからね。明日私が呼んで…」
「でも、“もう2度と会わない”って…もう会いに来てくれないって…!」
――顔を覆って泣き出した息吹はこの時…嬉しさとせつなさで胸が焦がれそうになっていた。
…今でも主さまは自分を食べようとしているかもしれない。
けれど、優しくしてくれた。
子供の頃いつもそうしてくれていたように、傍に居てくれたのだ。
「主さまの名前は…十六夜って言うの…?」
「ああそうだよ。そなたに名を呼ばれる度に嬉しそうな顔をしていた。息吹…あれは純粋にそなたを守ろうとしていた。それだけは、わかってやってほしい」
ぽろぽろと涙が零れて、泣きたいだけ泣かせてやろうと考えた晴明が部屋を出て行き、息吹の頭の中は、主さまのことで染まってしまった。
「私…行かなきゃ…」
謝らなければ。
“ありがとう”と言わなければ。
…あの懐かしき幽玄町へ。
幽玄橋を渡って主さまに会いに行かなければ――
――息吹はそっと部屋を抜け出た。
晴明の私室を遠回りし、裏口から外へ出ると裸足のまま裏門を通って小走りに駆けた。
「行ったか。さて…ここへ戻ってきてくれるかな。6年か…短かったな」
晴明は縁側に座り、盃の中の酒を揺らしながら独りごちた。
「行っておいで」
私の娘よ。
――十六夜は、主さまだった――
自分を食べようと目論んで育てて、そして逃げ出した自分を追って、また食べようとしているのだろうか?
暴漢や帝や河童から身を守ってくれたのは、まだ諦めていなかったから?
「父様…頭が痛い…」
屋敷に着くなり息吹が頭を押さえ、屋敷の中まで抱き上げて上がるとすぐに床を敷き、息吹を寝かせた。
「今まで言わずにすまなかったね。これは十六夜と私の約束だったから」
「…主さまは…まだ私を食べようとしているんですか?だから今まで助けてくれたの…?」
「それは十六夜から直接聞いた方がいい。あ奴は今失意の淵に立たされているだろうからね。明日私が呼んで…」
「でも、“もう2度と会わない”って…もう会いに来てくれないって…!」
――顔を覆って泣き出した息吹はこの時…嬉しさとせつなさで胸が焦がれそうになっていた。
…今でも主さまは自分を食べようとしているかもしれない。
けれど、優しくしてくれた。
子供の頃いつもそうしてくれていたように、傍に居てくれたのだ。
「主さまの名前は…十六夜って言うの…?」
「ああそうだよ。そなたに名を呼ばれる度に嬉しそうな顔をしていた。息吹…あれは純粋にそなたを守ろうとしていた。それだけは、わかってやってほしい」
ぽろぽろと涙が零れて、泣きたいだけ泣かせてやろうと考えた晴明が部屋を出て行き、息吹の頭の中は、主さまのことで染まってしまった。
「私…行かなきゃ…」
謝らなければ。
“ありがとう”と言わなければ。
…あの懐かしき幽玄町へ。
幽玄橋を渡って主さまに会いに行かなければ――
――息吹はそっと部屋を抜け出た。
晴明の私室を遠回りし、裏口から外へ出ると裸足のまま裏門を通って小走りに駆けた。
「行ったか。さて…ここへ戻ってきてくれるかな。6年か…短かったな」
晴明は縁側に座り、盃の中の酒を揺らしながら独りごちた。
「行っておいで」
私の娘よ。

