…あたしのことが好きなら、キスでも何でもすればいいのに。


そう思って手を握ってみたら、彼はギャグかと思うくらい飛び上がって…ちょっと、笑えた。




それからも、やっぱりあたしたちの距離は変わらず一人分開いていて。

彼が入れてくれた麦茶の味はちょっぴり薄かった。



次に行った時用意してくれた紅茶は温くって、

迎えにきてと電話したら、車じゃなくて走ってやってきた。

知ってる店はラーメン屋ばっかりで、

あたしの隣を歩く彼はロボットみたいに挙動不審。

自慢気に連れて行ってくれた最近オープンした喫茶店では、お財布を忘れて慌てる始末。

そして部屋にある財布には、かじられたような穴がひとつ。



手を握る瞬間、彼の手はいつも少し震えてた。



『すきだよ』



顔を真っ赤に染めながら、俯いてそうあたしに言う。

デートの最後に、それはいつもお決まりだった。


あたしの答え方も、いつも同じ。



『うん、知ってる』



そう言うと、いつも彼は困ったように、泣きそうに、どこか切なく笑った。



彼があたしを好きで好きでたまらない様子が楽しかった。

赤くなるのも、泣きそうな笑顔も、原因は全部あたし。


そう思うと、なんだか優越感に浸れる気がした。



あたしも、なんて言わなかった。ましてや好きだよ、なんて。



一度も、あたしは。