逃げてしまった。逃げるの選択肢しか私には出なかった。


突然の事に困惑して、先ずは頭を整理したかった。何て事は只の言い訳。


彼の口から『ナナギ』という言葉を聞いて何故か怖くなった。


いつまでも彼の姿が、声が私の中に取り巻いて消えない。そこに居るかのように鮮明に声が聞こえる。


耳を塞ごうなどとは思わない。ただ、目を閉じるだけ。暗闇の中で想いに浸るだけ。


ななぎり。ななぎ。アダ名を名乗っていたのだろうか。そう推測し、更に思考しようと思うも頭が回ることはなかった。


「――……」


じゃあ、彼はナナギくんなのだろうか。


面影がないかと思い出そうとするも既に記憶が曖昧で、顔すら出てこない。


嫌な事ばかり覚えて、大事な事は忘れていってしまっているようだった。