箱庭ラビリンス



顔を上げはしないけれど、私が目の前にいることには気づいているのだろう。ピクリと体が動いた。


聞こえなくても、届かなくてもいい。私のけじめだ。自己満だ。


相手の顔を覗き込むように屈んだ。そして言う、終わりの言葉。


「……ごめんなさい。さようなら智くん」


二度と呼ぶ事のなかった名。呼びたくなかった名。会いたくも話したくも思いだしたくもなかった人。


それでも、最後に呼んだ。話した。思いだした。


奴は私の言葉に何も言わなかったけれど、別によかった。それでよかった。


言葉を掛けて、終わらせて。これで全部バランスよく廻るようになるとも思わないけど、少しずつ、あるべき姿に戻るようにしていけばいい。少しずつでいいんだ。そうだろ?


今まで背けていた背を、反転させた。


また、先までいた場所に舞い戻る。