あれは先週の土曜日の昼過ぎだった。
綾乃との約束に信太郎が駅へと向かう途中、武子が重たそうに荷物を抱え歩いていた。
「おっす、武ばぁ」
「おや、久しぶりだね、信ちゃん。どうだい家に来るかい?アイスクリームがあるよ」
「あのなー、高校生の俺がアイスごときでホイホイ付いていくかよ」
武子はそれを聞くとカッカッと独特の笑いをした。
彼女の荷物を持つ手は血管が浮き出るほどに、強く握りしめられている。
信太郎は電車の時間までまだあることを確認すると、「持ってやるよ」と武子から買い物袋をひったくった。
「ありがとねー」と彼女は拝むように手を合わせると、足をひきずるようにして彼の後をついてきた。
「ったく、ナツは?あいつに買い物行かせろよ、足が痛むんだろ?」
「なっちゃんには隣町まで用事に行ってもらってるからさ」
それには答えず、信太郎は武子に合わせてゆっくりと坂道をあがって行く。
「なぁ信ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「この武ばぁに何かあった時は、なっちゃんを頼むよ」
「ご冗談を。こんなにピンピンしてんのに何かあるわけないだろ。だいたいそんな遺言めいたことは、俺じゃなくて雅樹に言えよ」
「マーくんもいい子だよ。優しくてさ。なっちゃんのことをそれはそれは大切にしてくれてる」
「だったらなおさら」
「でもね、なっちゃんにはあんたしかいないんだよ。あの子のことを一番よくわかってるのは信ちゃんなんだよ」
「何言ってんだよ」
「母親代わりってことで今までやってきたけど、やっぱり本当の母親には及ばないんだよ。恥ずかしい思いもしてきただろうにね。これから私はあの子の足手まといになるだけだよ」
「おい、つまんないこと言うなよ。あいつがそんなこと思うわけないだろ」
彼は思わず立ち止まって言った。


