「愛してる」、その続きを君に



信太郎が武子の病院に着いたころには、もう19時を回っていた。


さすがに夏海も今の時間にはいないだろう、そう思って彼がそっと病室をのぞくと、雅樹の背中が見えた。


「おう」と軽く声をかけると驚いたように雅樹は振り返った。


「見舞い?」と訊いて信太郎は馬鹿な質問をしたな、と思った。


「見舞いのほかに何かある?」


案の定そんな言葉が返ってくる。


苦笑しながら、信太郎は武子の顔をのぞいた。


「武ばぁによく怒られたよね、イタズラばっかりしてさ、俺たち…」


「ああ、よくやったよ。ふとんたたき持って追いかけてくるからさ、ほんとにオニババみたいだったよな」


幼い頃を思い出すように二人の顔がほころんだ。


「今さ、なっちゃんのことは心配しなくていいからって武ばぁに話してたんだ」


雅樹の言葉に、信太郎は何も言わず丸椅子に腰掛けた。


「俺たちがいるからね、ってさ」


俺たち、か…


信太郎は足を組むと「おまえがいるからナツは大丈夫だよ」と静かに言った。


はにかんだように笑うと雅樹は「今から塾だから」と大きなかばんを手に取った。


「がんばれよ」


「信太郎はまだいるの?」


「ああ、俺も武ばぁにいろいろ恨みつらみがあるからな、言ってやろうと思ってさ」


「それはそれは。武ばぁの意識が戻った時が怖いよ、ちゃんと聞いてると思うからさ」


「のぞむとこだよ」


二人は声をあげて笑うと、じゃ、と言って別れた。


武子と二人きりになった信太郎は長い息を吐くと、足を組み替えた。


先週ばったり駅前で会った時はあんなに元気そうだったのに、目の前の武子は目を堅く閉じ、からからに乾いた半開きの口からはいびきにも似た呼吸音が聞こえてくる。


「なぁ、武ばぁ…やっぱ無理だって、俺にはさ」


信太郎はうなだれると、絞り出すような声で目の前の武子に訴えた。