綾乃は一瞬口をとがらせるも、すぐに何かを思いついたように笑った。
そして突然信太郎の腕に自分の腕を絡ませ、「これなら一緒に並んで歩けるでしょ」と言った。
「ね?」
長い髪を揺らしながら、信太郎の顔をのぞき込んだ次の瞬間に、彼女はもうその腕を解いていた。
彼がどことなくためらったような、気まずそうな顔に気付いたからだ。
「…ごめんなさい。こういうの嫌い、よね?」
彼女のうつむく姿に、信太郎は申し訳なさが込みあげてきた。
今自分が付き合っているのは目の前にいる彼女だ、夏海ではない。
そばにいて大切にしなければいけないのは、この綾乃なのだ。
「なんで離すんだよ」
その言葉に「いいの?」と綾乃は目を丸くして問う。
「あたりまえだろ、迷子になるなよ」と、信太郎はほら、と腕を組むように促す。
曇っていた顔が今日の青空のように晴れやかになる。
半袖シャツから出た信太郎の腕に、綾乃の白くて冷たい手が絡みつく。
ゆっくりと歩き出した彼を何度もうれしそうに見上げると、「この前の話なんだけど」と綾乃が言い出した。
「この前の話?」
「天宮くんを何て呼ぶかってこと」
「ああ、あれね。もう決まった?」
「ううん、なかなかいいのが思いつかなくて。信太郎さん…って武家みたいだし、信さんって板前さんみたいでしょ?」
あはは、と彼は笑うと次は肩をすくめながら言った。
「なんならジミーとかレオってどう?ハリウッドスターみたいじゃん?」
「全く名前と関係ないじゃない」
「ニックネームなんてそんなもんだよ」
彼の言葉に綾乃が足を止めた。


