彼と会うのは武子が倒れた日以来だ。
皮肉なもので、あの日信太郎と一年以上ぶりに口を利いたのだった。
もし彼があの時通りかかってくれなければ、倒れている武子とパニックになった夏海はどうなっていたかわからない。
「あ、そうそう。これうちのお母さんから」と恵麻が紙袋を差し出した。
中をのぞくとタッパーに入った佃煮や煮物が見える。
「あの…お節介だったらごめんね。うちの親って、ほら…世話焼きというか…」
いつものように快活でズバズバ物を言う恵麻にしては、今日は気を遣ってか別人のように歯切れが悪い。
申し訳なさそうな彼女に夏海は首を横に振った。
「ありがとう、すっごく助かる!」と彼女が満面の笑みで返すと、恵麻はほっとしたように隣の弟を見やるが、信太郎はあぐらをかき下を向いて指をいじったまま、何も言わなかった。
それから一時間ほど、恵麻は夏海とたわいもない話をして帰って行った。
信太郎は何を言うでもなく、彼女たちが話している間、たった一杯の麦茶をチビリチビリと飲み、最後にこう言った。
「この前は悪かったな、ぶったりして」
「ううん、ああしてくれなかったらもっとパニックになってたから」
「なんかあったら言えよ」
「うん。本当にありがと。おばさんにもよろしく言っといて」
帰って行く二人の背中を見送りながら、夏海はうん!と背伸びをした。
もうすぐ梅雨が明けるな、晴れ渡った空を見上げて、彼女はそう思った。
そろそろ気持ちを切り替えて、学校にも行かなくちゃ。
濡れたアスファルトが太陽の光を反射して眩しかった。


