「出血は広範囲に及んでいます。右半身の麻痺はもちろん、言語中枢にもダメージを受けていますので、言語障害が残る可能性が高いでしょう」
祖母の武子のは脳出血だと診断された。
次の日に再度主治医から呼び出され、病状説明を受けたが、CT画像を前に克彦がしきりに頷いていたことくらいしか夏海は思い出せなかった。
だが、これだけはわかっていた。
おばあちゃんは家にはしばらく帰ってこられない、ということだけは。
それから数日は慌ただしかった。
武子の入院の手続きをし、バスタオルやパジャマの着替えなど必要なものを買いに行ったりせねばならず、夏海は一週間近く学校を休んだ。
精神的なショックも少しずつ和らいできたものの、学校に行き授業を聞けるだけの気持ちのゆとりなどあるはずもなかった。
克彦は3日前から通常勤務に戻り、今日は早番で朝の5時には家を出た。
今朝の父の顔色は悪く、一気に老け込んでしまったかのように思えた。
朝日の当たる武子の部屋を、夏海はなにげなくのぞいてみる。
整理整頓され、塵一つ落ちていない。
いつも家中を磨き上げ、料理も一切手を抜くことをしなかった。
夏海が幼い頃から毎日ずっと繰り返されてきたそれが、いつしか当然のことのようになっていたが、これからはもう違うのだ。
何もかもがこの肩にずしん、と落ちてきたように感じる。
その重みに耐えかねるように座り込むと、彼女の目に熱いものがこみ上げてきた。
これからどうしよう。
得体の知れない不安が彼女をじわじわと襲う。
窓の外では、明るい光の中で小鳥が楽しそうに鳴いているのに、窓ガラス一枚を隔てだだけで何という違いなのだろう。
あの鳥と入れ替わってしまいたい、夏海は両手で顔を覆うと、しゃくりあげる声が誰もいない家に響き渡った。


