夏海は信太郎の父に渡されたミルクティーを片手に持ったまま、再び爪を噛み始めた。
不安で不安でたまらない、誰かそばにいて、怖い…
そんな彼女の心の叫びが信太郎には聞こえてくるようだった。
あの時の、雨に濡れながら震えていた彼女の顔が忘れられない。
自分を見失ってしまうほどに怯えて…
今の自分は彼女を抱きしめてやることはできない、そんな資格はない、と彼は思っていた。
助けを求められずひとりで耐えている彼女に何ができるのだろうか、信太郎はもどかしさのあまり、膝を激しく揺らした。
「あのさ…雅樹はさ、ああ言ってたけど…」
たまらなくなった信太郎が、とうとう口を開いた。
足を組み替えた彼は咳払いを一つして言う。
「しっかりしなくていい、と俺は思う」
突然、爪を噛む音が止んだ。
「今はしっかりしなくていいと思う。別に雅樹を否定してるわけじゃないけどさ。でもだいたいさ、できるわけないだろ、こんな時に。だからみんなに甘えればいいんだよ」
「信ちゃん…」
夏海の視線を感じて、信太郎も彼女を見た。
「がまん、するなよ」
その言葉に、う…と喉の奥が鳴ったかと思うと、夏海が堰を切ったかのように大声で泣き出した。
廊下にその声が反響して、もっと大きくなる。
「なっちゃん!?」
周りの大人たちが驚いて彼女の周りに集まってきた。
雅樹も騒ぎに気付き駆け寄ってくると、人だかりを押しのけて夏海を抱きしめた。
「大丈夫だよ、なっちゃん!大丈夫だから…」
人目も憚らず、彼は夏海を抱きしめ続け、彼女もまたかまわず声をあげて泣き続けた。
信太郎は彼らから目をそらすと腕組みをし、その夏海の悲しみに暮れた泣き声をじっと聞いていた。


